と言われたら、上州人なら迷わず答えるでしょう。
「新田義貞」
と。

上毛カルタにて幼少時より名前だけは知っているこの方。
今度千早赤坂村へ楠木正成の城を見にいくので、その予習がてらちょっとだけ調べてみました。

が、自分に知識がなさ過ぎたため、よくわかりませんでした。
ええ〜〜と、とりあえず後醍醐天皇の側について戦ったんで足利尊氏とは仲が悪かったんですね。
で、最後には後醍醐天皇にも捨てられちゃって悲劇の最後をとげた・・・と。
こんな感じでよいのでしょうか。 

その時代時代によって評価も全然違う人なのでどの見方を参考にしてよいのやら。
平凡で日和見な人だったのか、忠義の人だったのか、実は名将だったのか???

群馬へ帰ったら、図書館で小説探して読んでみようかな。

そうそう、先日天橋立へ行った帰りに偶然立ち寄ったお寺。
足利尊氏が産まれたお寺なんだそうです。
足利尊氏の産まれた寺

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