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2008.08.13
歴史に名高い・・・
と言われたら、上州人なら迷わず答えるでしょう。
「新田義貞」
と。
上毛カルタにて幼少時より名前だけは知っているこの方。
今度千早赤坂村へ楠木正成の城を見にいくので、その予習がてらちょっとだけ調べてみました。
が、自分に知識がなさ過ぎたため、よくわかりませんでした。
ええ〜〜と、とりあえず後醍醐天皇の側について戦ったんで足利尊氏とは仲が悪かったんですね。
で、最後には後醍醐天皇にも捨てられちゃって悲劇の最後をとげた・・・と。
こんな感じでよいのでしょうか。
その時代時代によって評価も全然違う人なのでどの見方を参考にしてよいのやら。
平凡で日和見な人だったのか、忠義の人だったのか、実は名将だったのか???
群馬へ帰ったら、図書館で小説探して読んでみようかな。
そうそう、先日天橋立へ行った帰りに偶然立ち寄ったお寺。
足利尊氏が産まれたお寺なんだそうです。

「新田義貞」
と。
上毛カルタにて幼少時より名前だけは知っているこの方。
今度千早赤坂村へ楠木正成の城を見にいくので、その予習がてらちょっとだけ調べてみました。
が、自分に知識がなさ過ぎたため、よくわかりませんでした。
ええ〜〜と、とりあえず後醍醐天皇の側について戦ったんで足利尊氏とは仲が悪かったんですね。
で、最後には後醍醐天皇にも捨てられちゃって悲劇の最後をとげた・・・と。
こんな感じでよいのでしょうか。
その時代時代によって評価も全然違う人なのでどの見方を参考にしてよいのやら。
平凡で日和見な人だったのか、忠義の人だったのか、実は名将だったのか???
群馬へ帰ったら、図書館で小説探して読んでみようかな。
そうそう、先日天橋立へ行った帰りに偶然立ち寄ったお寺。
足利尊氏が産まれたお寺なんだそうです。

てるてる
城廻に行ってきました。
堅牢な山城でとても見ごたえがありましたよ。
村の発行している史跡案内の冊子を読みながら南北朝時代に興味を惹かれています。
こうなると新田義貞にも興味がわきますね。
今度太平記を読んで見ようと思いますv
堅牢な山城でとても見ごたえがありましたよ。
村の発行している史跡案内の冊子を読みながら南北朝時代に興味を惹かれています。
こうなると新田義貞にも興味がわきますね。
今度太平記を読んで見ようと思いますv
2008/08/14 Thu 21:10 URL [ Edit ]
yuka
お久しぶりです。
楠木正成関係のお城に行かれるのですか。南北朝で一番興味があるのは楠木氏なので、私も行ってみたいです。
10年ほど前に九度山と高野山に行った時、河内長野駅を通過しながら「ここで下車すれば楠木関係史跡が見られるんだけどな・・・」と思いました。
レポート楽しみにしていますね。
私個人としては、義貞が後醍醐天皇に尽したのは、忠義よりも尊氏への対抗心の方が勝っていたのではないかと思っています。
足利と新田は同族(初代が兄弟)で領地も隣り合わせなのに、代々幕府の重鎮だった足利家と違い、義貞の時代の新田家は落ちぶれていました。
武将としての義貞は、南朝内での評価も最近の評価もあまり高くないようです。戦は下手ではないけれど、ツメが甘いというか、お人好しというか・・・
その欠けた所が人間らしくて可愛く思えるのは私が群馬県人の身内贔屓でしょうか。親戚にも新田一族がいますし。(笑)
楠木正成関係のお城に行かれるのですか。南北朝で一番興味があるのは楠木氏なので、私も行ってみたいです。
10年ほど前に九度山と高野山に行った時、河内長野駅を通過しながら「ここで下車すれば楠木関係史跡が見られるんだけどな・・・」と思いました。
レポート楽しみにしていますね。
私個人としては、義貞が後醍醐天皇に尽したのは、忠義よりも尊氏への対抗心の方が勝っていたのではないかと思っています。
足利と新田は同族(初代が兄弟)で領地も隣り合わせなのに、代々幕府の重鎮だった足利家と違い、義貞の時代の新田家は落ちぶれていました。
武将としての義貞は、南朝内での評価も最近の評価もあまり高くないようです。戦は下手ではないけれど、ツメが甘いというか、お人好しというか・・・
その欠けた所が人間らしくて可愛く思えるのは私が群馬県人の身内贔屓でしょうか。親戚にも新田一族がいますし。(笑)
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