加沢記にちょっと追加

嶽山攻めの戦部分は終了しました。

嶽山城は昔登ったので、情景がよりリアルに想像できて少し怖かったです。

唐沢杢之助が討ち死にしたのはここ。
嶽山城 一の木戸
嶽山の表登山口からすぐの所にあります。
となりのお社には一番の観音様が祭られています。

嶽山城本丸跡と言われている実上の平。
嶽山城 本丸
すごく狭いです。


斉藤城虎丸が最後に駆け上ったであろう大天狗の女岩。うっかり写ってしまった方ごめんなさい。
大天狗の女岩
ここも狭い上に足場がほとんど無くて怖い。

大天狗から眺めた市城や遠くに見える榛名山。
大天狗からの眺め
こんな景色を見ながら城虎丸は断崖絶壁を飛び降りたわけなのです。

今は行けない骨穴の当たりをしたから眺めてみた。
骨穴のふもと部分と思われる。
多分、この上あたりが骨穴のはずなんだけど・・・・・。
嶽山の男岩にロッククライマーがハーケンを打ち込むようになってから、男岩に行く道や骨穴に行く道が閉鎖されてしまったのです。昔は骨穴に行けたんだけどなあ。
骨穴にいくまでに崖に突き出してる一枚岩を歩かなくちゃいけないんでちょっと危なかったからなあ。
この当たりに大勢が飛び降りたわけですね。

嶽山は気軽に登れるピクニック山ですが、崖がむちゃくちゃ多いので登山するときは足元にご注意ください。

余談ですが、嶽山の天狗は鶏が嫌いなのでいまでも嶽山周辺の集落では鶏を飼わないそうですよ。

中之条町の歴史資料館で

ミニ展「写真でたどる真田統治100年の歴史」 2011/8/12(金)~2011/9/11(日)
詳しくはこちら⇒MUSEE

を開催中です。
残念ながら私は関西に住んでいるため見にいけないのでどなたか行って見て来た方がいらっしゃいましたらどんな展示だったのか教えてください。

吾妻郡は五代目真田信利公が改易になった後は幕府の直轄領となっていたはずなので、真田家が治めていた時期がそんなに長くはないのですね。
自分が真田家大好きなものでうっかり忘れていました。

写真でたどるってもちろん現在の写真ですよね。どんな展示なのかなあ???

加沢記に少し追加。

嶽山城での戦を訳し終えました。

これから城虎丸の最後と戦後処理を訳したらこの段は終わり!!

もう、この戦の「仙蔵の城へ駆け上がる幸隆公」「戦場へ突っ込んでいく幸隆公」を訳したいがためにこのHPを始めたと言っても過言ではないので肩から荷が下りたようなスッキリ間を味わっております。

もっとこう、かっこよくかっこよくかっこよく訳したかったのですが・・・・あまり過剰に装飾するとそれは「訳」でなく「創作小説」になってしまうので我慢しました。
きっと誰かがどこかで素敵な幸隆公小説を書いているはず!

今後は沼田に向かって攻めて攻めて。幸隆公がこの世を去られるまで沼田城近辺での戦いになります。
まだまだ先は長いなあ。

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