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風邪引いた

またもや風邪です。
今回はいきなり鼻が痛くなり、翌日に八度の熱を出しました。
まだ喉が痛いというか痒いですが、熱もさがり回復に向かっております。

熱が下がったのにぼーっとするーーーーー。
喉が風邪臭い~~~~~。

はよ治れ。
しくしく。
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養源院へ行ってきました

妙心寺大法院の真田家特別展がもうじき終了するので最後にもう一度大蛇丸さんといってきました。
帰りにちょっと遠回りして養源院へ行って伏見城の遺構をみてきました。

一番有名なのはやはり血天井でしょう。
関ヶ原の戦いより少し前、伏見城の戦いで自刃した鳥居元忠(他約300名)の血が染み込んだ廊下の板を天井に使い供養しているのです。

お寺の方のガイドに従って天井の黒い染みをみると・・・・・・・見えます見えます。
顔の跡の中にしっかり目鼻があります。
肩も足も足の指もはっきりと見えました。
掌の跡や足跡などが雨の降りそぼる薄暗い明りの中でもしっかりと見えました。

血の跡と言っても酸化して黒く変色していたおかげか、あまり怖くはありませんでした。
この廊下で自害した人達もまさか500年以上も自分の影が残るなんて想像もしなかっただろうなあ。

それから伏見城の謁見の間を移築した部屋も見てきましたv
狭い部屋の奥が上段になっており、その手前の左右も畳で少しだけ床が高くなっていました。
おそらく謁見する立場の人間は一番低い板間に座ったのでしょう。
多分、おそらく、昌幸公が秀吉に謁見した時もこのような部屋に通されたのでしょう。

人と人が話す時に、その場の閉鎖性というのはとても重要だと思います。
内緒話しかり、ただのおしゃべりしかり、仕事の話しかり。
昌幸公と秀吉はどれくらいの距離間だったのかなあ。
秀吉と幸村の距離感はどれくらいだったのかなあ。
近かったのか遠かったのか。

あ、秀吉の仏間とか、寝室もありました。
意外に狭かったです。

そのあとで方広寺へ行って伏見城の大手門を移築したといわれる門と大阪の陣の原因となった鐘も見てきました。
秀吉の大仏殿は本当に広かったんだなあ。そして突貫の手抜き工事だったんだなあ。
・・・・・・本当によく焼けたお寺だったんだなあ。


久しぶりのお寺巡りで楽しかったですvvv
探せばまだまだ戦国時代に関係する場所が出てくるんだろうなあ。

地図の下書き完成

逃走経路図の下書き完成

斎藤憲広逃走経路図 下書き
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。(承認番号 平22業使、第91号)」

クリックすると大きくなります。

群馬県を脱出してからの斎藤憲広の逃走経路は不明なため、新潟県の山の上で地図はストップしてます。
この後、越後湯沢の温泉に抜けたのか、赤湯温泉に抜けたのかは歴史の謎です。
これからこの地図に城の名前と武田軍の配置を置く予定。
どこかに軍勢を簡単に表す良いアイコン素材がないかなあ。

これからはpaintかpictbear(画像ソフト)との戦いになります。
上手い事地名とかそのほかを入れられるといいんだけど。


カシミール3Dを使うと地名入りの風景写真にも加工できるんですけど・・・あんまりに広範囲の地図になったので、風景写真に書こうすると全行程が見えなくなるんですよねえ。
岩櫃城周辺だけでも風景写真になおそうかなあ。
そちらの方が臨場感がでるんだよなああああああ。
どうしよう・・・・・・。

どなたか風景写真で見たいという方いらっしゃいます?

逃走経路図作成中

カシミール3Dを使って、斎藤越前守憲広の逃走経路図を作成中です。
加沢記の表記に従って岩櫃城から出発
  ↓
柳沢城で一泊。越後へ落ち延びることに決める
  ↓
稲荷城で真田昌輝(真田幸隆の次男)の軍に見つかりそうになって山の中に戻る。
  ↓
山越えして中之条町山田字細尾に抜ける

ここでまず悩む。細尾ってどこ。山田は分かるけど細尾が地図に載って無いよ!!
いろいろ調べた結果、寺社原の近辺らしい。もう寺社原でいいかなあ。わからん。
細尾近辺に在住の方、このブログを読んでらしたらどこが細尾なのか教えてください。


この後、沢渡温泉から古座部へ抜けるんだけど・・・・この時沢渡温泉は昌幸公が牛耳ってたのよね・・・・・・。
いったいどうやって道を抜けたんだろう。
落ち武者狩りしてたよねえ。絶対。
それとも幸隆公の命令でわざと逃がしたのか・・・・・・それだとドラマチック??うう~~ん。想像するより他にない。

しかし、想像していた以上に山の中を逃走しているなあ。昔の人はすごいです。

暑いですね

加沢記に2行ほど追加。

何とか体調が回復傾向になりました。
今回は風邪が治ってから別件で何度も倒れたのでまだちょっとしんどいです。
10年以上かけてゆっくり壊していった体なので完治には20年以上かかると覚悟しないといけないと頭では分かっているんですけどね~~~~~~~~~。
一発で元気になる魔法の薬がどこかに無いかしら。しくしく。

でも5年前よりも3年前よりも今のほうが確実に健康ではあるので、きっといつか年間360日元気な体を取り戻せるはず!
回復はらせん階段。同じところを回っているようでも確実に上へと向かっていると信じます。

暑さに負けずに頑張ろう!
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