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眠い・・・・・・

昨夜は真夜中に大雨強風がやってきまして、うるさくて全然眠れませんでした。
おかげで今日は一日中ぼーっとしてました。

睡眠の質というのは本当に本当に大事です。

久しぶりに「カシミール3D」という地図作成ソフトを起動したら、使い方を全部忘れてました。
マニュアル本を探す所から始めないと!!

どうして人間ってのは物事を忘れていっちゃうのかなあ。一から覚えなおさなきゃ。


明日明後日と留守にします。
来週は更新したいですね。
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加沢記を少し追加

続きはまた明日。

斎藤憲広の逃亡ルートを記した地図を作りたいのだが・・・・・国土地理院に申し込みしないとならないかなあ。

めんどくさい・・・・・・・・。

熱が下がりました

ようやく熱が下がりました。
3週間ちょっとも続いたので他の病気ではと心配していたのですが、ただの風邪だったようです。
一安心です。

また明日から加沢記に取り組みたいと思います。

熱が下がったら

これを見に行く。
絶対に見に行く!!!

真田家と佐久間象山ゆかりの文化財

日曜日にやってないなんて!!
平日に行くしかないですねこれは。


熱よ下がれ、下がれ、下がれ!!!!!
風邪菌に負けるかあああああ!

風邪ひき中

4月5日に発熱。
以降熱が下がりません。

医者の診断は風邪。もらった抗生物質飲んで出来るだけ大人しくしてるのに朝と夕方になると8度近い熱がでます。
もう一週間続いてます。

これ、本当に風邪なのかなあ。

ちょっと不安です。
早く熱よ下がれ!

地名検索

加沢記にちょっと追加。

各地の小字や、地図に載らない地名を簡単に検索する方法は無いものか・・・・・・・。
小字に関しては群馬県万能地図で何とかなる事も多いんだけど古い地名になるともう手が出せない(涙)
バス停に古い地名が残ってる事が多いんだけどバスが走って無い地域になるともうお手上げ・・・。
 
東吾妻町大字原町の中にある高野平野ってどこ?
別名「古城」ってことは稲荷城の近辺なのかなあ??

ちなみに稲荷城はここ。

大きな地図で見る

ああ!稲荷城の説明しようと思って「群馬の古城」を読み返したら「高野平」の地名が出てきた!!
ってことは稲荷城の場所で良いんだ!!

ちなみに稲荷城は承久3年(1221)前後の物語に名前が出てくるので鎌倉時代のお城です。
現在は稲荷神社になっています。


加沢記の今日訳した部分を読み返して思ったんだけど、斎藤 憲広親子が居館を焼き払われた後に立て篭もったのって岩櫃城の子城の一つ「柳沢城」だと思う。まあ、「柳沢城」は「岩櫃城」の中にある城だから加沢記の表記は間違ってはいないんだけど。

居館を焼き払われて不動滝まで逃げて、また岩櫃城の本丸まで戻るのはとっても非効率だし、岩櫃城本丸にたてこもっても大木や大岩を落とす戦術では敵を防ぎきれないかと思います。
岩櫃城でこの戦術を使いたいなら、城を捨てて岩櫃山山頂付近まで行かないととても苦しいかと。

柳沢城は少人数での籠城向きの山城で切り立った山を利用しているから上記の戦術で守りやすいんです。

そうなると、斎藤親子は
・岩櫃城の居館を先鋒部隊に焼かれ
・大慌てで岩櫃山を降りた所で矢沢頼綱の部隊に襲われ
・生き残った兵を柳沢城へ集めて籠城し一日の間抵抗を試みる
・山越えして稲荷城へ辿り着いたところで真田昌輝の兵に見つかりかける
・山の中へ逆戻りして北の山田古城、桑田城を通り沢渡温泉を通り抜け丹下温泉から四万温泉へ抜ける
という行程をへて越後へ落ち延びたのだと思います。



もう少しで加沢記第一巻が終わります。
嬉しいなあ。やっと二巻に勧める。
ちょっとずつでも進めると進むもんですねえ。

番僧

加沢記に少し追加。

今回の気になる単語「番僧」

辞書によると

番僧・・・交代に仏堂を守護する僧。堂守(どうもり)。

なのだそうだ。つまり僧兵って事ですね。
岩櫃城にたてこもって斎藤家に味方したのは善導寺の番僧。

外の陣屋で斎藤家と武田家の和睦に尽力したのは善導寺の僧。

同じお寺の中でも意見が分かれていたんだろうなあ。
なんとなく、武闘派が斎藤家についてエライさんが武田家に協力したようなイメージがあります。

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