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折り鶴

姪っ子が遊びに来ました。ペットの子犬と一緒に・・・・・・・。
犬も子供も苦手なので相手するのに苦労しています。


そんなわけで姪っ子にせがまれて折り紙で鶴を折りました。
折り鶴
一番小さい鶴の大きさはこれくらいです。
折り鶴2
つまようじにて制作。

小さな折り紙をするのは小学生の時以来でしたが中々うまく折れました。
子供の時に覚えた事というのは体が忘れない物ですね。
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黄砂

加沢記をちょびっと追加。

今日は黄砂がすごかったです。
にわか雨が降った後に車が真っ黄色に汚れていました。

数日前に洗車したばかりなのに!!

また洗車か・・・・・めんどくさい・・・・・・・・・。

家計の見直しに取り組んで

自動車関係の税金やら何やらに頭を悩ますことしばし。

今まで自動車税と自動車重量税がごっちゃになっていた。
あと自賠責保険と自動車保険を同じものだと思ってた・・・。

まとめると

毎年払うのが自動車税と自動車保険。
車検の時にまとめて払うのが自賠責保険と自動車重量税。

はあ、改めて見直すと税金と保険って高いなあ。
でもこのお金で自分の命を買っているわけだからなあ。

頑張ろう。うん。


ここから違う話題。

「頑張ってください」という言葉は目上の人が目下の人にかける言葉だと知りました。
目下の人が目上の人を励ます場合は
お疲れのでませんように
というのがより失礼で無い言い回しなのだそうです。

しかしこの言い回し、心が疲れている人に対してかけるのにぴったりではないだろうか。
疲れてる人に頑張れというのはものすごく負担になるから。

と、思ったのだけれど、でも既に疲れている人に
「お疲れのでませんように。」
というのも嫌みだろうか?????????

日本語って難しい・・・・・・・・。

日記

大好きな作家さんが2カ月ほど前に新刊を出していた事を知って本屋へ駆け込んだ。
残念ながら近所の本屋には置いてなかった。
小説でもエッセイでもなく、本の紹介・解説をする本なので一般には出回りにくいのであろう。
今度、街へ行く時に大きい本屋へ寄ろうと心に誓った。

この作家さんと漫画家Mは私の中で「二大サバイバー作家」である。

本屋においてあるといいけどなあ。無かったらアマゾンに注文だ。

片づけ嫌い

春休みになったら姪っ子が遊びにやってくる・・・と言うわけで本日は空き部屋の大掃除でした。

うん。掃除だけならいいんだけどさ。埃はらって掃除機かけて雑巾がけすりゃいいんだから。何より何より嫌なのが部屋の私物の片づけ。

散らばっているあれやこれやを仕舞える空間を作り、そこへ機能的に美しく仕舞う。その一連の作業が嫌いです。
本音を言えば散ばしておいたままにしたい!
座ったまま全てが手に取れる状態のままでいたい!!

しか~し、綺麗好きで部屋の模様替え大好きな旦那がその状態を許してくれるはずもなく・・・旦那の指示の元あれやこれやを片づけて掃除しました。カーテンも洗濯しました。たぶん旦那7割自分3割くらいの仕事量だと思う・・・・・・。
片付け終わり、精神的疲労でぐったりした所で旦那からの新たな指令。
「てるてるのパソコンの周りも片づけようか。」

勘弁してください!!!

しかーし、埃が如何にパソコンの大敵か、埃のある部屋がアレルギー(花粉症)に対してどれだけ悪影響があるか、普段から説かれて納得して掃除している身なので反論はできません。
心の中でアウアウ喚きながら散らばっている史料を片づけ、出しっぱなしの本を本棚へ、愛用の水筒を片づけ、おやつを指定の場所へ戻し、途中で引き出しに物が入りきらなくなったので引っ張り出して大整理。

頑張ったのでパソコンデスク周辺は年末の大掃除直後くらいの美しさになりました。

うん。片付いて清潔な部屋は居心地が良いって分かってるんだけどね。
スペースが空くといろんな作業がしやすいって分かってるんだけどね~~~~~~~~~。
自分のパーソナルスペースだけでいいから、どこか一か所でいいからグチャグチャな場所が欲しいというこの気持ちは何なのだろう。
何があるかわからない、物がごちゃごちゃしている場所を見て見ぬふりをすると少し安心するんです。私は。

でも旦那はそういう空間が大嫌い。
だから部屋の整理と私物の管理を兼ねて定期的に模様替えが断行されるのです。

綺麗になった部屋でごろごろお茶するのはとても楽しいんだけどな。
その前の片づけはどうしても嫌だなあ。

ふう。自分が片づけ好きになればこんなに消耗しないだろうに。
何とか片づけ好きになる方法は無いものかなあ。

お彼岸なので墓参り

伯母と旦那と墓参りに行ってきました。

墓参りに行くと感じるのですが、嫁に行くことによってまったく知らない昔の人達とも親戚になるというのが何とも不思議な心持です。

伯母が語る墓石の下に眠る人達の物語を聞きながら、掃除し花を供え線香をあげ、墓石を拝む。

実家にいた頃もこんな感じだったなあと思い返します。
うちは大家族だったので、祖母や祖父や伯母や叔父の語る話を聞きながら線香をあげました。
墓前で語り合う事で、経験を言語化し、過去の共有を確認し合い、繋がりを保つ、一つの儀式のような行事でした。
墓という場所は想いを語る事で思い出に昇華する場所でもあるのだなあと思います。

なので、旦那の側の墓参りというのは不思議な感覚がします。
そこで語り合われる親戚たちの話を、聞いて知る事で・・・知るという疑似体験を通して、旦那の家に組み込まれていく。行動の共有。体験の共有。知識の共有を得るための場。

嫁ぎ先という社会に入り込むための、働きかけの場の一つなのだなあと今更に思うのです。

結婚した当初はただやみくもに色々を恐れて隠れていたから(それを旦那の家族が許してくれたから)、こんなこと思ったこともなかったのですが(苦笑)

いろんな年中行事もそれぞれが働きかけの場であるのだなあと、今更に思うのです。

深く深くに踏み込む必要はまったくないけど、少しだけ隠れるのをやめても、もう少しこちらから歩み寄っても良いかなあとちらりと思った春の一日でした。

ちょっと追加

加沢記をちょっと追加。

今回、鎌原さんと一緒に斎藤憲広の住居へ押しかけた「黒岩」さんって昔幸隆公との連絡役をやってた黒岩伊賀なのだろうか??
黒岩伊賀は真田家と鎌原家の連絡係をする代わりに池で釣りをする許可をもらっているんだよなあ。

同一人物なのか同じ家の人なのかわからないけど、たぶん黒岩さんは岩櫃城攻めの間ずっと鎌原さんのすぐ後ろに控えてたって事だよなあ。
そして木戸を乗り越えて一番槍の役目をもらったと。

加沢記に時々出てくる人なんだけど、働きがいちいち忍者くさい人なんだよなあ。
なんでこの人、忍者紹介とかの本に名前が出てこないのかな~~~~。

くるねこシール

加沢記をちょっと追加。


本屋を覗いたら、「くるねこシールプレゼント」の張り紙が。
早速もらってきました。
くるねこ

くるねこ可愛いよくるねこvv
愚連隊の中では一番「ぼん」が好きですvv

くるねこ・8chで毎週日曜日の朝に絶賛放送中です。
興味のある方はぜひ。

番組HPはこちら!くるねこ

武田晴信100首和歌 40

   野 虫

聞かじただ
  浅茅が小野の
      虫の声
 なおただならぬ
      秋の寝覚めに

~~~~~~~~~~~引用 武田晴信朝臣百首和歌

意訳

秋の夜中に虫の声を聞いて目が覚めた。
尋常では無い虫の鳴き方に心が落ち着かないのか、心が落ち着かないから虫の声がただ事では無く聞こえるのか。

*********
ただならぬは「虫の声」と「信玄公」両方にかかっている・・・のだと思う。たぶん。

ちょっと追加

加沢記にちょっと追加。

角田新右衛門が岩櫃城に火をかけたのは知ってたけど、その場所が主殿(岩櫃城の本丸。斎藤憲広の住居)だったとは知らなかった・・・。

絶対に安心だと思ってた自分の家に突然放火されたらそりゃあ慌てるよなあ。

ちなみに放火の発案者は昌幸公。

角田新右衛門に
「よし、お前放火しろ。それを合図にこちらが突撃する。」
って命令する昌幸公を横で見ていた矢沢の大叔父は甥っ子の成長を目の当たりにしてさぞかし感慨深かっただろうなあ。

CanonのKissのCMが可愛い

最近あまりの可愛さに嵌っているのがCanonのCM 『偉人編』

kissCM

子供の可愛さもさることながら親たちの親ばかっぷりが可愛くて仕方がない。

・・・しかし・・・・・・・クレオパトラにモーツァルトにナポレオンってまた悲劇の最後を迎えた人ばかりを題材にしなくても・・・・・・・・・。



・クレオパトラ→ローマに敗れて自害
・モーツァルト→貧乏+過労+病気(本人は毒を盛られたと思っていたらしい)
・ナポレオン→島流しされた後に孤独死(奥さんと子供に捨てられた)


なんというか、この幸せそうなCMを見るたびに
「おおおおおおお!可愛い!可愛い!!かわいいいいいい!!!」
と思うと同時に
「ああ、この先は・・・・・・・・。」
と悲しくなります。彼らの子供たちはその後にどういう風に生きていったのかなあ。

あ、モンスター編や時代を超えて編のCMも可愛くて大好きですv

ちょっと追加

加沢記をちょっと追加。

少しずつですみません。

加沢記を

3行だけ訳した。眠いので続きはまた明日。
向こうのブログに新たに地図張り付けサービスが登場してて嬉しい。
これは便利。
でも、地図の大きさを自由にできるgooglemapのほうが使い勝手いいなあ。

いろいろ試して見やすい方法を探します。

大人の階段のーぼるー♪

久しぶりに妄想します。
きっかけは某HPの『崖の上のポニョ』の考察。
神話学とか民俗学とか人類学とか引用しててとても面白い考察だったんだけど、その中に

「『贈与』という概念があり、人に何かあげる・してあげるという行動によって人間は一つ大人になる。ここでの行動には相手から何かを奪うような良くない事も贈与として考えられる。」

というような話があったのです。

この考えをそのまんまあてはめたら、幸村が自分から大人への一歩を踏み出したのはたぶん10~13歳の時だったのだろうな~~~と思うのです。

なんでかというと「信之公がおっしゃいました。」という逸話にこんな話があるから。
(原文を探して訳すのが今ちょっとしんどいので、記憶に残っている話を大雑把にかきます。)

以下、信之視点です。

「俺が初めて刀をもらったのが13歳の時。母君から刀を手渡されて本当に嬉しくて、毎日腰に挿していたんだ。
ある日、弟と伊勢山(戸石城近辺)で遊んでたらいきなり暴漢に襲われたんだ。刀を抜いて戦おうとしたんだけど緊張して体が強張ってちっとも刀が抜けなかったんだ。そうしたら弟が刀を抜いて暴漢に斬りつけたんだ。
ほら、弟ってきっつい奴だからさ。ま、誰でも初めての時は刀が抜けないもんだよ。」

10~13歳の男の子(おそらく幸村)が、自分から他人へ斬りつけて他人の体を損傷した。
この行動は「まったくの他人」へ幸村が働きかけた『贈与』です。

こうして大人への階段を昇りはじめた幸村でしたが、なかなか元服させてもらえず大人としての名前「源次郎信繁」がもらえるのは19歳くらいの時でした。

心は大人に近いのに公式には子供として扱われるという中途半端な時代が続いたのですね~。
外見は子供の装束なのに、精神的に着々と大人へと変化していく弟に対して信之兄上はどんな気持ちだったのかな。
(そういえば、信之兄上の元服っていつだろう??)

それから、『幼名』のまま『子供という責任を持つことが許されない立場』に留め置かれた幸村というのは真田家にとってどんな位置づけだったのだろう(室町時代には成人男性に幼名を名乗らせ続けて中立の使者に立てるという場合もありました。その人は一生幼名で特定の仕事しかさせてもらえないのです)。

その辺を考察した物語や小説を読みたいのですが、どこかに無いですかね。
あ、小難しい話を読みたいのではありません。
いろいろ弟に先を越されて
「俺のほうが兄貴なのに!」
ともやもやイライラしている信之兄上が見たいだけです(笑)

今年4度目の風邪

をひいて倒れてたら、ブログ拍手にすごく嬉しいコメントをいただいてました。

基本としてブログ拍手にはお返事しない事にしていたのですが、あんまりに嬉しかったのでお返事です。

******
素人のつたない現代語訳ですが、お役に立てているようで嬉しいです。
最近、古文を読む気力が萎えていたのでとても励みになりました。

早速今日、加沢記の読み込みを再開しました。
近いうちに現代語訳を更新したいと思います。

また当HPをご訪問いただけると嬉しいです。

コメントをありがとうございました。
******


新年の決意もどこへやら、すぐに体調を崩すという事に甘えていろいろとおざなりにしている事に改めて気づきました。
どうもありがとうございました。

パソコンが治りました

DVDドライブだけでなく、中身もあちこち壊れていたようでリカバリーされた状態で帰ってきました。

せっかくVistaを軽く使いやすくしておいたのに・・・また一から設定しなおし(涙)

またぼちぼちやっていこうと思います。
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てるてる

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