仙蔵の城の写真

地図のページに仙蔵の城の写真を入れました。

幸隆公が駆け登り、戦の指揮を取ったと言われている場所なんですけど・・・・・あそこ、あの急勾配を馬で駆け登れるものなのかなあ・・・・・。あんな崖の上を馬が走れるものなのかなあ・・・。ものすごーく疑問です。

仙蔵の城の写真といっても藪の写真なんですけどね(笑)
自分で見れば、ああ、アノ場所はこんなふうに郭の跡があって、あんな風に堀があって・・・とあれこれ思い出せるのですが、知らない人が見たらただの藪の写真です。

本当は写真の真ん中に小さな祠があったのですが、写真に撮ってよいのやら・・・と悩んだので写してません。

このお城は地元の昔話にもちらっとでてきます。
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仙蔵の城を治めていた塩谷元清の元へ、猿のように元気な女がやってきます。
たちまち塩谷元清は女に心を奪われ、妊娠していた自分の妻を離縁してしまいます。
妻は実家へ帰るのですが父親は
「お前が悪いから夫を奪われたのだ。」
と怒り追い出してしまいます。

行く宛てのなくなった妻はふらふらと歩き続け、やがて和利の宮のお祭りの中へと入って行きます。
身なりの良い女性が足をドロだらけにしてふらふら歩いているのを見つけた侍が妻をさらって主家の大野家へと連れて行きました。

大野氏は妻の話を聞き、おおいに同情して匿ってくれました。
やがて妻は男の子を出産。一場二郎と名付けました。
自分の息子と妻を人質に取られた塩谷氏は大野氏に攻められてすぐに降参し、大野氏の配下となったのでありました。
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塩谷氏の自業自得だよな~~~と思うのは私だけでしょうか??

こもりくの

隠国(こもりく)という単語がある。
意味は「山ふところ広くかこみたるところ」だそうだ。

とあるエッセイの中で紹介されていたその単語が好きで、いったいどんな山奥がその舞台なのだろうと調べてみたら、奈良県桜井市の長谷寺という場所だった。
天理市より少し南である。

奈良県の観光地を紹介するHPで調べたら、中々ひなびた素敵な雰囲気のお寺のようだ。

一度行ってその場の空気を吸ってみたいものである。

岸和田城へ行ってきました

岸和田の地名の由来は
「『岸』に住んでる『和田』さん」なんだそうです(笑)

岸和田城


手前の庭は「孔明が考案した道に迷う仕掛け」なんだそうですよ。
この仕掛けに嵌ったのか、確かに駅から城まで迷いました(笑)

途中にあった竹利というお店でお菓子を買いたかったのですが、お店に人がいなくて買えませんでした。
残念。
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