2007.10.27 天野酒
西條合資会社 天野酒HPより引用
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室町時代の金剛寺僧房酒製法を再現した復刻酒

太閤秀吉にも愛されたびたび使者が訪れ買い求めたと
伝えられる銘酒が現代によみがえりました。
現代の清酒とは全く異なる、琥珀色をしたお酒は超濃厚甘口。
歴史とロマンを味わえるそんなお酒です。

「天野比類無シ」と呼ばれた当時の製法そのままに
復刻酒の趣を生かした専用瓶に詰めてお届けします

室町〜戦国時代当時の製法をできる限り忠実に再現した復刻酒です。濃厚な薫りと甘みで歴史ロマンに浸れること請け合いです!
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天野酒 中身
天野酒 中身


ふふふふふ。買ってしまいましたv
秀吉が愛飲したという室町時代の製法を再現した銘酒「天野酒」ですvv
ひょっとしたら、昌幸公や信繁公も口にしたかもしれません。
運が良ければ信幸公も飲めたかもしれません。

まだ飲んでないので味の感想は書けません。
このお酒は、今度開催される「真田サバト」(笑)にて、尊敬する史料読みの先輩方と飲んできますvvv

どんな味なのか、非常に楽しみですvvv
なんで「鉄砲」と「てつはう」・「槍」と「やり」で書き分けられているんだろう???

違う物なのだろうか???
2007.10.17 怪力かがり花
怪力の女性の話をもう一つ。

吾妻記より意訳

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関ヶ原の合戦の直前の事です。
信幸公は徳川家康の方へ、昌幸公は石田三成の方へ着く事に決めて別れました。

白井まで戻ってきた昌幸公は沼田城へ「安中 作右衛門」を使いを出しました。
沼田城で留守を預かっていた侍達は評議の上で、御前様(小松姫)にすべて報告をしました。

さて、御前様(小松姫)は普段から「かがり花」という大力の女中をお傍近くに召抱えておりました。

この報告を受けた御前様(小松姫)は兼ねてから決めていた通りに、鎧を召した上に錦を召され長刀を持ち、かがり花をつれて広間まで出てきました。
かがり花は長刀を広間に突き立て、それを杖のようにして立ちました。
かがり花は
「作右衛門殿、ここにお入りなさい。」
と作右衛門の腕をしっかりと取り、一度締め絞りましたので作右衛門の手は五本の指の先から血が滴りました(まるで油を絞るような様子であったと言います)。

作右衛門は大層困り、
「離してください、かがり花殿。」
と言ったのですが、かがり花は
「これは座興ですのよ。」
と言って離してくれません。

そこへ御前様(小松姫)が言いました。
「大殿(昌幸)様が沼田城に立ち寄りたいと仰せの事、詳しくお聞きしました。
私は女子ですが、その昔の巴御前にも見劣りいたしません。ここへお入りになられるのならば、女中軍を率いて花をちらしてお目にかけましょう。
作右衛門、この事をよくよく大殿(昌幸)様へと伝えるのですよ。」

そうして、ようやく作右衛門はかがり花から解放されたのでした。

作右衛門は腕の皮が剥かれ、骨はくだけ、その上御前様(小松姫)の迫力に飲まれて萎縮し、まるで蛇の口から逃れたかのようにほうほうの体となって昌幸公の元へと帰りつきました。

作右衛門から御前様の言葉を聞いた昌幸公は一言も言葉を発せずに、岩櫃城を横目にさっさと信州へお帰りしたとの事です。

その後、沼田城の大広間ではかがり花が突き立てた長刀を抜こうと試みられたのですが結局抜けませんでした。
良くみると、その長刀は畳の下の板を突き通し、ねだ(床下の横木)の30〜40cmもの深い場所へ刺さっていたのでした。
しかたないので、長刀の柄を切り取って広間を治したのでした。

かがり花の大力はなによりも勝る御力と人々は恐れ驚いたそうです。

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初めて読んだ時に作右衛門を左衛門佐と読み間違えて「幸村」がひどい目にあったのだと思っていました(汗)
きちんと読んだらひどい目にあっていたのは安中さんでした。

小松姫が昌幸公を沼田から追い出す話は何パターンかあるのですが、私はこの話が一番好きです。
沼田根元記を読んでいて気になる話を発見。

長いのでかいつまんで話しますと、
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矢沢頼綱が沼田城代であったころ、北条家の軍は沼田の南方からあちこちへ入り込み、乱暴狼藉の限りを尽くしていました。

領民は山へと逃げ、それを追って北条家の兵も山へ分け入りました。

ある時、古語部山にて100人ほどの民衆が北条家の兵に見つかりました。
兵の前に、文鳳という僧の母親が立ちはだかりました。

この母親は、不思議な大力の持ち主で、北条家の兵は木の根に倒れ枝にさされ、散々に打ち任されてやっとのことで逃げ出す有様でした。
これ以降、この母親は北条家の兵達に「古語部の鬼女」と畏れられました。

村の人々は
「大勢の敵が村を荒らしに来たけれど、『ののう様』のおかげで助かった。」
と喜びこの母親を村の主のように崇めました。

この母親の息子は、坊主になりました。
この子もまたえらい大力で、皆、血のなせる業だと噂したとの事です。

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この母親が『ののう様』と呼ばれていたことも気になるのですが、それよりももっと気になることが・・・。

「人のものとは思えぬ大力」が血縁によって継がれていくのであれば、もしかして・・・ひょっとして・・・吾妻記に登場する怪力の女性「かがり花」さんはこの女性の血族なのでしょうか・・・・・・・・。

「かがり花」さんは小松姫の侍女なので、身分がはっきりしたお家の娘さんだとおもうのですが・・・。

まさか・・・ね。
今回は太源雪斎がお亡くなりになられました。
どこまでも腹の読めぬ、素敵な方でしたので残念です。
最後のお酒を飲んで倒れるシーン、鼾かいてましたよね。
脳溢血か、くも膜下出血だったのでしょうか。そうだったならば、苦しまずに眠るように逝けたのでしょう。
御冥福をお祈りいたします。

そうそう、今回はもう一人お亡くなりになられました。
由布姫が自分の死の準備を着々と進めるとは思っていませんでした。
風林火山の彼女ならば、病気による死を悟った後にものすごくあがくだろうと思っていたので。
死にたく無いと泣いてわめいて勘介に縋り付いて、すごいことになるだろうと思っていたので、あんなに静かに身辺整理を済ませるとは意外でした。

今まで、自分の感情に振り回されて周囲を巻きこむ事しかしなかった人が最後に気遣いを見せた。
これが「死」の持つ力なのでしょうか。

・・・勘介からしたら、泣いて喚いてあがいて欲しかったのかもしれません。そうしたら、勘介に「由布姫と死に別れる」覚悟が出来たでしょうから。由布姫が静かに逝ってしまったから、勘介には未練が残った。
最終回までに勘介の心の整理はつくのでしょうか?つかないだろうなあ。


今回の一番の眼福シーンは景虎と太源雪斎の酒飲みシーンでしたv
腹の読めないいや〜〜な笑みを浮かべる雪斎を「肩書き」で信用しましょうと言う景虎。
両者の物の考えがよく現されている名シーンだったと思います。

管理人があまり管理をせずにいたため、レンタル掲示板の閉鎖対象となりました。
今後も頻繁に管理する事は出来ないと判断したため、この機に掲示板を撤去することにしました。

書き込みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
今まで頂いたお言葉は全部記録を取って保存いたしました。

これからはこちらのブログかメールにてお言葉を頂けると嬉しいです。


それから、二次創作系HPへのリンクをいくつか切りました。
お付き合いさせていただいているHPは検索避けをかけていらっしゃる場合もあります。
そういう方々のHPが、私のサイトのリンクから検索にひっかかる可能性を教えていただきました。
もしも、すでに御迷惑をかけていたら申し訳ありません。こちらの配慮不足でした。

今後リンクさせていただく場合は検索避けについて事前確認を致します。

今までリンクをありがとうございました。
2007.10.04 GacktのCD
風林火山を見ながら
「宇佐美さんカッコイイ!Gackt謙信麗しい!」
と、騒いでいましたら、旦那がこんなCDを買ってきてくれました。

RETURNER


タイトルは「RETURNER〜闇の終焉〜」
Gacktの歌が三曲入っているCDとプロモーションDVDのセットです。
なんでもこのプロモーション映像はGacktが上杉謙信をイメージして三千万円かけて作ったのだそうです。

そう聞いて、
(そりゃすごい、あのGackt謙信の魅力全開の映像なんて見たら
「謙信さま〜〜〜〜vvv」
となるかもしれない。)
と期待して見てみたのですが・・・

これは謙信じゃないなあ。
歌詞といい、映像のストーリーといい、謙信というよりも・・・むしろ幸村?!(左門佐信繁公に非ず)

うん。大阪夏の陣の幸村をイメージしたのなら違和感がない。

歌詞と映像の条件で考えるのなら、山県三郎兵衛でもいいかも。
長髪で西洋甲冑の山県さんというのも何となく嫌だが(←「幸村」ならばいいのか)そこに目を瞑れば、違和感はない。

風林火山のGackt謙信を素敵!と思っている人にはオススメの一枚です。
ビジュアル系長尾家!

長尾家は全員衣装の気合入れっぷりが凄かった!(景虎の影響でしょうか?)
特に宇佐美さんの陣羽織の美しさといったら!!!

一見黒の無地に見えるのに、光の当たりようによって文様が浮かびあがるではありませんか!!!
(映画「ロード オブ ザ リングス 旅の仲間」に登場したナグズルのマントを思い出しました。)

何でこんなにおしゃれなんだよう!何でこんなに景虎が麗しいんだよう!!宇佐美さん格好良すぎ!!!!
と、大興奮してしまいました。衣装にこんなに興奮したのは幸隆公が黒い鎧を着た時以来です。

旗を揚げるシーンと言い、景虎の白馬といい、長尾家は何をやっても絵になりますねえ。はあ〜〜、眼福眼福。

さて、武田家では前回の馬場さんの言葉に傷ついた諸角さんが命令違反をしてしまいました。
ピンチに陥った諸角さんを助けようと皆が力を合わせ、景虎を越後へ帰す事に成功しました。


「生きている事を否定する」言葉はもっとも鋭利な武器です。
己の心身と周囲の人間関係が余程安定している人間でなければ動揺し、傷つくでしょう。
自分が「何に傷ついたか」を理解し、言語化し、それを元に解決策を考え行動を起こすことが出来た諸角さんは本当に健康な人です。
「受けた傷を自分自身に隠さない」事が諸角さんの長生きの秘訣なのかもしれません。それが出来る諸角さんはすごい。

こんな健康な人が傍にいたから信繁公は捻くれなかったのだな、と納得しました。