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しゃべり石と産石を見てきました。

~帰省 上州編 その3~

1月1日は夜中に近所の神社でお参りをすまし、昼まで寝てすごしました。

久しぶりに関東のお雑煮を食べ、一息ついた所で母が一言。
母   「暇だからドライブに行こう!」
てるてる「道が凍ってるにの!あたし絶対運転しないからね!」
母   「誰がそんな恐ろしいことさせるか!私が運転するからいいでしょ。どこいく?」
てるてる「・・・吾妻七つ石が見たいな~~。」

と、いうわけで現存している吾妻七つ石の「しゃべり石」「産石(おぼいし)」を見に行ってきました。

まずは大道峠へ向かいしゃべり石へ。

しゃべり石バス停しゃべり石


積もっている雪のため石の天辺にある切り口は見ることができず。
本当にこの石がしゃべったのなら面白いのにね。

しゃべり石からは蟻川岳が見れました。

続いて嶽山城のふもとにある産石へ。
産石には次のような伝説があります。
「まだ嶽山で市が開かれていた頃のこと。赤ん坊を負ぶった女が山の麓を歩いていた。すると、嶽山から大岩が転がり落ちてきて、赤ん坊ごと女を押しつぶしてしまった。
それからというもの、夜になると岩から赤ん坊の泣き声が響くようになった。
恐ろしく思った人々はお坊さんをよんで赤ん坊と女を供養した。
すると、夜中に声が聞こえることはなくなったそうな。」

そんな怪談スポット「産石」はこんな岩でした。
産石バス停産石


昼間なので怖くはなかったです。

その後、美野原高原をドライブして帰りました。

真田とは直接関係ありませんが、その時代にもあったかもしれない石を見ることができて満足満足。

翌日、ゆっくり休んでから関西へと戻ってきました。
次に里帰りするのは雪のないときにしたいですね。
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実家の門松の話

一月が終わる前にこの話だけは!

ということで~帰省 上州編 その2~です。

実家の門松には竹がありません。
こんな形をしています。
門松

すみません。暗くてよくわかりませんね。

説明しますと、3又か5又になっている松の枝にみかんと干し柿と注連縄がぶら下がっています。

この門松を玄関と縁側と馬屋(現在は物置)と神棚に飾って新年を迎えます。

うちの集落だけではなく、この地域の農家はどこもこんな形の松を飾って、どんどん焼きの時に燃やします。
門松に竹がつかないのは田舎だからなのか、なにか言われがあるのか、実家で聞いてみても誰もしりませんでした。昔からの決まりごとなんだそうです。

他の地域にいったらまた違う門松があるのでしょうね。

~帰省上州編 その3へ続く~

好きな物バトン

好きな物バトンをリンク先の由隆様から頂きました。
お題は「真田」
張り切って答えます
・パソコンまたは本棚に入っている真田は?
本棚に入っているもの

史料
「群馬県史料集 第3巻 (加沢記・吾妻記・沼田根元記・箕輪軍記)」
「信濃史料集のコピー」
「真田記のコピー」
「羽根尾記のコピー」
「川中島五戦記のコピー」

研究書
「真田藩政と吾妻郡」
「真田氏と上州のコピー」
「吾妻史帖」
「真田忍者と中之条町」
「真田氏ゆかりの日向見薬師堂」

歴史群像シリーズ
「奮迅 真田幸村」
「武田信玄」

その他
「吾妻の民話」
「上州の歴史街道」
「謀将 真田昌幸」
「真田幸隆 PHP文庫」

ううう。史料をもっと早く読めるようになりたいです。
これから欲しいのは
利根郡・西上州・信濃・甲斐の民話の類と室町時代~江戸初期の風俗関係。
あの時代の人々が何を見て・食べて・祀って暮らしていたのか知りたいです。
忍者の本も欲しいなあ。だれか関東の忍者を研究してないかしら?

パソコンには写真くらいしか入っていません。
真田関係は
岩櫃城・嶽山城・沼田城・名胡桃城・箕輪城・八幡城・中山城
百瀬の水牢・しゃべり石・産石
くらいかな

・今妄想している真田は?
史料そっちのけであれこれ妄想しているので隠します。
ファンタジー小説のネタのような物ばかりです。
もしも読みたい人がいたら下の<READ MORE>をクリックしてください。

・最初に出会った真田は?
う~~ん。記憶が定かではないのですが、おそらく小学校の社会見学でお寺の坊さんに聞いた話が初真田ではなかったかと・・・。
それとも、祖父母に聞いた裏山落城話が初なのかなあ???
はっきり真田の名前を意識したのは自分の先祖探しを始めた大学生の時でした。それまで幸隆・昌幸・信幸が親子関係であることすら知りませんでした。


・特別な思い入れのある真田は?
真田 幸隆公です。
(先祖がこの人に味方して遠征してこなければ、自分が吾妻で生まれることはなかったのだ。先祖の誰か一人が欠けていても、誰か一人が歴史の予定外の行動をとっていても自分は生まれてこなかった。)
そんな人間の連なり・繋がりを考える機会をくれた人物です。

・最後にバトンを回したい5人と、それぞれのお題は?
どなたでもご自由に持っていってください。



バトンって自分にインタビューしているみたいで楽しいですね。
由隆様、ありがとうございました!

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インフルエンザ!

昨夜突然発熱し、インフルエンザと診断されました。

今日から3日間ほど隔離生活に入ります。


薬の投与が早かったため、それほど高熱にはなりませんでしたが、
全身が痛くてしんどいです。


早く治るといいなあ。


以下はインフルエンザの検査の話。汚い話なので隠します。
読みたい人は覚悟してどうぞ。

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宇治の平等院鳳凰堂へ行ってきました

ずっと前に「征西日記 伊庭八郎著」を読んでから行きたかった場所、
宇治平等院鳳凰堂へ行ってきました。

10円玉の表よりもはるかに美しいその風景。
優しい顔の仏様。
部屋に光をあふれさせるための工夫を兼ねた装飾。
「征西日記」にあったように、確かに「唐めきたる景色」でありました。

平等院鳳凰堂右半分 左半分は撮影スポットで謎のお坊様が太極拳を披露していたため撮影できず



「ここを舞台にした『和風パロディ フランダースの犬・最終回』を見てみたい。」
と思いました。

健気な少年とそのペットが一目極楽を見てみたいと雪の中、最後の力を振り絞って鳳凰堂へ忍び込むのですよ。
すると雲の切れ目から一条の夕日が差し込み、仏様を照らすのです。
仏様から反射した光がきらきらと室内の鏡細工や螺鈿細工に反射して、お堂全体がまばゆく光り輝くのです。
少年「○○(ペットの名前)俺は極楽を観ることができたよ。」
倒れる少年。すると空から雅楽の音が降り注ぎ、雲にのった菩薩様と如来様が厳かに少年を迎えにくるのです。


かなり美しい映像になると思いますよ。

仏像の台座などが修理中とのことで見ることができなかったので、
平成の大修理が終わったらもう一度訪れたいと思います。

*征西日記とは・・・幕末の剣士「伊庭八郎」が上様(徳川家茂)
の警護のために仲間と共に京都大阪へでかけ
          江戸に帰るまで
            ・観光したり
            ・虫歯になったり
            ・赤貝に中って寝込んだり
            ・うまいものを食べたり
            ・うまいものを食べたり
            ・うまいものを食べたり
            したことを綴った日記

「戦国自衛隊」と「ハウルの動く城」を観た

どちらもなかなか面白かったです。
「戦国自衛隊」は斉藤道三がいい味だしていました。
個人的には登場人物を「善」と「悪」にわけなくても良かったと思います。
2時間で収めるにはしょうがなかったのかな。
小説や漫画で補完しろってことかな。

「ハウルの動く城」は展開や個々の場面は面白かったです。
恋愛映画には見えませんでしたが。
恋愛映画にするのなら、もっと主人公達の心の動きを丁寧に描いて欲しかったな。
キャラクターの作り方は良かったと思います。個々の役割がはっきりしていてわかりやすかったです。
キャラクターデザインも、全員が美しかったと思います。
魔法や景色は素敵でしたねvお城とか、街とか、衣装とか、さすがはジブリ!
ストーリーは・・・・・・・・。
「もののけ姫」あたりから、一つの作品にテーマを盛り込みすぎる傾向がありますね。そのせいで物語があちこち破綻している印象を受けました。
映画を観たのでやっと原作を読めます。映画を観ながらカカシについてあれやこれや想像していたので、最後でカカシが****になったのにショックを受けてしまって・・・。
原作を読んでカカシの話を補完しないと胸がすっきりしません!


・・・「ハウル」を観たせいで「ゲド戦記」がどのように映画化されるのか、ますます心配にはなりました・・・。ストーリーがちぐはぐにならないことを心から祈っています。

上州弁(吾妻弁?)には「っ」と「ん」が多い?

~~里帰り上州辺1~~

小田原から「新宿・湘南ライン」に乗り、3時間かけて高崎に到着しました。
どんなに寒いのか、と気合を入れて駅に降り立つと以外と暖かい。

てるてる「もっとこっつぁむいかと思ってた。」
旦那  「いきなり訛られてもわけわからん!」

そうか。こっつぁむいは方言だったのか。

説明ついでに「寒さ」に関する方言をいくつか挙げてみました。

1.さびい・・・寒い
2.こっつぁむい・・・(風があって)すごく寒い
3.凍みる・・・(体が凍る程)寒い


この後も旦那は聞きなれぬ方言に悩むことになったのです。

てるてる「ただいまー!」
実母  「いつけえってきたん(=帰ってきたの)。ちょうど良かった。ごんぼ(=ごぼう)切って。」
てるてる「疲れてんだけどな~。」
実母  「のめしこいてないで(=怠けていないで)さっさとやる!
終わったら注連縄を稲荷さんと馬頭観音と天神さんと三峰さんと隣の祠と先祖さんにしんぜて来てね。」
てるてる「お稲荷さんも天神さんも雪が積もってるのに~~。長靴貸してね。」

実家でのんびり暮れ正月の予定だったのですが・・・暮れの間は正月準備を散々手伝わされました。

~~上州辺 その2に続く~~

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします。
2005年が皆様に取って良い年になりますように。


今日、実家から帰ってまいりました。

~~里帰り 小田原編~~

行きは鈍行でトコトコと7時間ちょいかけて小田原まで行きました。
ただ座っているだけだったのですが、疲れて疲れて半分死んだようになって小田原市の宿に到着。
しばらく休んでから海を見に行きました。

てるてる「海だ~~~!」

海を見たら叫ぶのは「海無し県人」のお約束です。
旦那は「海あり府民」ですのでなにも言わずに笑ってました。

旦那  「北条氏って良い所に住んでるな。」
てるてる「?」
旦那  「毎日新鮮な魚介類を食べ放題(城と海が近いのです)。米も麦も豊富に取れるし、戦国時代でもかなり旨い物を食べてたんだろうなあ。」
てるてる「なるほど。じゃあ夕飯は魚料理にしよう!」

宿の女将さんに情報を提供してもらい、「おたふく」という小料理屋で夕飯を食べてきました。

女将さんお奨めだけあって、魚料理の旨いこと旨いこと!
当日入荷したばかりのアンコウで鍋をだしてくれたのです!
こんなでかいアンキモ見たことない!
写真を取れなかったのが本当に残念です。

ぐっすり眠って翌朝早くに小田原城へ。
なかなか立派な天守閣が再現されていました。
小田原城天守閣

てるてる「へぇ~。江戸時代の天守閣を再現してるんだって。」
旦那  「立派なコンクリート建築だね。」
てるてる「木造にすると管理が大変なのかな。中が史料館になってるから入ろうか。」
旦那  「年末年始は閉館になってるよ。」
てるてる「なにー!!」
旦那  「きちんと調べようね。」

残念ながら、天守閣も北条歴史見聞館も市立図書館も郷土資料館も年末休暇に入っていました。自分の下調べの杜撰さが浮き彫りにされて、心が痛かったです。

気を取り直して本丸跡を散策。すると目の前に大きな象さんが出現!小田原城 象

本丸跡は市民動物園となっていました。

(城跡が市役所や県庁などになるよりはましかな。遺構が壊されにくいし。)

そんなことを考えながら、小田原城の内堀を見学。
小田原城 堀

説明の立て札によると堀の一番広い場所は20mもあるのだとか。
てるてる「ここを泳いでわたったら絶対に見つかるね。」
旦那  「狙い撃ちされて終わりだろうな。っていうか、この城広すぎ。俺が武将だったら絶対攻めたくない。」
てるてる「攻め落とすつもりで見てたんかい!」

旦那いわく、
「再現されてる公園だけでもかなりの広さがあり、城壁がぐねぐねしているので攻め落とすのが大変面倒くさい。兵が城内に入り込めてもたくさんある門で分断されて鉄砲の餌食になるし堀が広いから橋を落とされると侵入がとても難しくなる。
上杉謙信が3ヶ月で城攻めを辞めたのも納得がいく。」

だ、そうな。
武力だけでは落とせない堅固な城を落としたのは豊臣秀吉の政治力だったのでしょうか。北条氏のおごりだったのでしょうか。

北条家も勉強しないとな~(真田家が参加した松井田合戦しか勉強してないのです。佐藤軍兵衛大活躍!)。

どこも休みに入ってしまったので、城だけ見て群馬へ向かうことにしました。

機会があったら小田原城にリベンジしたいものです。

~~里帰り 上州編に続く~~
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