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低血圧

一昨日から低血圧で動けませんでした。
去年もこの時期に低血圧になり、必死に血圧を上げたのです。
毎年の恒例行事になってしまったら嫌だなあ。

医者に行って血圧を測ってもらったら

最高血圧90
最低血圧50

という数値。
お医者さんには
「年をとったら嫌でも血圧上がるから。」
と励まされましたが・・・私は今すぐ血圧上げたいです!

無気力になるし、ぼおーっとしてしまうし、いいことなんて一つもない。

体質改善と生活改善しか治療法がないというのが悲しいですね。
これからも体操とウォーキングと早寝早起きと胃にやさしい食事と・・・続けなくちゃ。
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熊の皮の使い方

以前、斉藤越前守憲広が上杉謙信へ熊の皮2枚を贈ったと読んだとき、
そんなもん何に使うんだ?毛皮の敷物か剥製くらいしか使い道ないんじゃない?
ととても不思議に思ったのですが、使い道がわかりました!

刀の鞘などに貼り付ける装飾品です!

高級な鞘だと輸入したの皮を貼り付けるそうです。

このように動物の皮を貼り付けた鞘のことを尻鞘というそうです。

斉藤憲広は戦に行くときの道具の一つとして、熊の皮をプレゼントしていたのですね。
彼は「ただのお人好し(真田氏と上州:みやま文庫)」ではなく、きちんと政治もできたということですね!

ちょっぴり斉藤憲広のイメージが良くなりました。

柳生の里へ行ってきました!

高野山を降りて、次に柳生の里へと向かいました。

柳生の里は旦那の思い出の地なのだそうで。
何でも昔、部活で「笠置→柳生→奈良市」を一日で踏破したそうな。
今度歩いてみようよ。と、旦那に誘われているのですが・・・今は御免です。
10代の頃の体力が戻ったら考えてもいいかな~。


そんなこんなで車で奈良市から柳生の里へと向かいました。
旦那 「確か、立派な武家屋敷があったはずだけど・・・。」

いけどもいけども山道が続くばかり。いい加減不安になってきた所で集落に出ました。地名は『大柳生』

てるてる「この辺が目的地?」
旦那  「わからん。車で来るの初めてだから。前に来たのも○年前だしな~。」
てるてる「・・・。(調べておこうよ)。武家屋敷はどこ~~???」


さんざん迷った末に、道端の喫茶店で道を聞くことに。
柳生の名水で作ったというおいし~い餡蜜を食べながら地図を確認。

武家屋敷の場所をしっかり確認して再び出発!
無事に武家屋敷にたどり着くことができました!


武家屋敷の持ち主だったという柳生藩の家老の苗字は「小山田」さん。
武田家に仕えていた小山田家の子孫が柳生の殿様に気に入られて仕官したそうな。
米相場をうまく利用して藩の財政を立て直した名士だったそうです。

お昼に古代米の茶粥を食べて、柳生の城跡へ。
現在はお寺になっている城跡の天辺へ登ると柳生の里が一望できました。

山城って眺めがいいなあ。田んぼも畑も全部見渡せる。
領主の気分を味わって城跡を去りました。

柳生の里は人が少なくてとてものんびりできました。

こんなのどかな場所なら、歩いてみてもいいかも。

体力をつけて自然歩道に挑戦することを考えつつ、家へと戻りました。

高野山へ行ってきました

真田庵を見学してから高野山へ向かいました。

山のてっぺんはとても涼しかったです。毎日これくらい涼しけりゃいいのに。

てっぺんに着くと、右も左も寺でした。
さっそく観光だvと女人堂を目指して歩くと途中に六文銭の提灯が!

真田家の菩提寺である『蓮華定院』でした。
お寺の方にお話を伺うと寺の宝として幸村の書状などを保管しているとのこと。
観光客向けのお寺ではないのでそれらの宝物は一般公開していないそうです。
お寺のパンフレットを頂いて帰りました。

観光向けのお寺ではなかったので写真は取りませんでした。


あちこちを見て廻り、夕方に霊宝館へ行きました。
たくさんの仏像のなかに少し変わった毘沙門天が!
大きな毘沙門天像のお腹の中に隠されていた毘沙門天です。

小さくてとてもかわいらしい毘沙門天でした。

その近くに吉祥天女の像がありました。
吉祥天女の説明『・・・吉祥天女は毘沙門天の妻でもあり・・・』


毘沙門天って結婚してたの!?

***以下妄想
毘沙門天が結婚しているのなら、(毘沙門天の化身と名乗る)上杉謙信だって結婚しても良かったのではないだろうか。

「この女人こそ我が吉祥天女なり」

と公表すれば外聞も悪くないと思うのだけどな。

吉祥天女と思えるほどの女性があらわれなかったのかな?
理想が高すぎたのかもしれないな~。

***妄想終わり

霊宝館を後にして今夜のお宿「清浄心院」へ。
おいしい精進料理を頂いてゆっくりと眠ることができました。

朝のお勤めの後にお坊さんの説明で知ったのですが、こちらのお寺は「上杉家」の菩提寺だそうで、謙信・景勝・直江家などの菩提を弔っているそうです。
説明がなければまったくわかりませんでした。


朝ごはんを頂いた後に弘法大師の廟へお参りに行きました。
参詣道の周囲は全てお墓でした。
武田信玄・石田三成・織田信長・豊臣家などの有名な戦国大名のお墓もありました。

てるてる「ここのお墓は全部空っぽなのかな?」
旦那  「御霊だけを御移しして祭ってるんじゃない。」
てるてる「あちこちにお墓があるってのも変な感じだね。」

武田信玄・勝頼のお墓は墓石で作られていました。
その斜め向かいにある上杉謙信のお墓は建物の「廟」でした。

旦那  「なんで謙信だけ廟なんだ?」
てるてる「毘沙門天の化身だからじゃない?」
旦那  「じゃあ、なんで向こうの井伊家は廟と墓石がセットなわけ?」
てるてる「さあ?なんでだろう???井伊家の誰かが自分は仏だって自称してたのかしら???」

ここにくれば全国の大名の墓参りが一度で済むかもしれません。


今度高野山へ行くときは真田家か武田家の菩提寺に泊まってみたいですね。

九度山へ行ってきました!

今回の旅行の目的は「高野山へ行って旦那のお爺さんがお寺に納めた画を拝見する」事でした。

旦那の
「どこか寄りたい所があったら寄ってあげるよ」
との申し出に、
「真田庵!」
と叫んだ私。

二人の趣味(嫁:武田・真田好き  旦那:戦国時代好き)を合わせて
九度山町→高野山→柳生の里
というコースで旅行することに決まりました。


奈良県を通り抜け和歌山県に入り、川を渡れば九度山町。
朝日を受けてキラキラ光る川を綺麗だな~と眺めていたら突然いや~な感じが・・・。

てるてる「なんか(九度山町の方角に)怖い感じがするなあ。」

九度山町に入り、何度か道を間違えた後に町役場の駐車場で一休み。
その間にだんだん痛くなってくるお腹と気持ち悪くなってくる体。
動けない程ではないけれど体調が悪くなってきたことを旦那に伝えると

旦那「てるてるの後ろの人が九度山町と相性わるいんじゃない?」

後ろの人って誰よ?


せっかくここまできたのだからと体をだましだまし真田庵に向かうと、どんどん気持ち悪くなってくる。
頑張って真田庵まで歩き、門をくぐったらアラ不思議。
気持ち悪さがスーっと引いていくではありませんか。


この後は体調も元に戻り、普通に観光出来ました。


長時間車に乗っていたからきっと酔っていたのでしょう。
そうに違いない!


追伸:家に戻ってから昨日まで小さな事故やらちょっとした体調不良が続きました。
旦那いわく「高野山に行ってちょっと敏感になってるからね。大丈夫。すぐ治まるから。」

・・・怖いんですけど・・・。

ちょっと旅行してきます。

今夜からあさってまで、旦那と一緒に旅行に出かけます。

どこへ行くのかは書きません。

なぜなら、最近
この日記に『○○へ行く予定です!』と書き込むと当日にいけなくなる
というジンクスが発生しているため。

例)彦根城行きます!→行けなかった
  群馬へ帰ります!→熱だして2日ほど延期

帰ってきたら旅先の感想をUPする予定です。

・・・暑い・・・

今日は旦那が宴会だったので夕飯を作らずにすみましたv

お冷や飯をチンして味噌汁をあっためて冷奴で食べました。あ~楽。

と、いうわけで久しぶりにもう一個のブログを更新しました。

吾妻の昔話にも載ってる話です。次回は鎌原氏の装備についてつらつらと訳したいと思います。
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