吾妻七騎

HP公開いらいず~っと未公開の「人物紹介」ページ。

加沢記に登場する人物を全員説明する気力も根性も無いので、せめて吾妻七騎くらいは紹介しようと思います。

現在紹介ページを作成中。

吾妻七騎とは、「吾妻記」という史料で紹介されている吾妻衆のことです。

時代によって選ばれる人が変わるので、40人近いリストになる予定です。

それぞれの人物についての説明は、加沢記に登場するごとに追加していくようにしたいと思います。


吾妻七騎に関する情報は「加沢記」「吾妻記」に載っていることしか私にはわかりません。

何かご存知の方がいらしたら、ぜひとも私に教えてください。
情報募集中です!

狐笛のかなた 感想

「狐笛のかなた 上橋菜穂子著 理論社」
を読みました。児童文学というジャンルになるのかな?私の好きなファンタジー作家さんの作品です。

あらすじを一言であらわすと、
『日本のどこかで、遠い昔におきた争いの物語』
です。

序章と一章の間に物語の舞台となる国の地図があります。

この地図が、岩櫃城とその周辺にそっくり!
地図上の地名を

・有路の城→岩櫃城   

と、置き換えると

・杉谷川 → 吾妻川
・山指川 → 四万川 沢渡川
・日野辺の路 → 暮れ坂峠の路
・年越の市 → 沢渡の集落
・夜名の里 → 四万温泉の入り口
・森影屋敷 → 奥四万温泉 薬師の湯あたり
・青李の宿 → 中之条町
・梅が枝屋敷 → 六合村

という具合に地図が重なるのです!


物語に登場する地名にも

・春名ノ国 → 榛名山の国?
・白根尾山脈 → 白根山?

と、上州の山の名前に似ているものがちらほら。


そして、物語の中に
「隣り合った領地に住む一族同士が領地を争う」
というエピソードが!

一瞬、加沢記を読んでいる気分になりましたよ。


そして、最後に登場人物の1人が元服します。その時にもらった名前が「春信(はるのぶ)」。


この物語は上橋先生の「心の底にある『懐かしい場所』の物語」なのだそうです。


まったくの偶然なのでしょうか。
不思議なこともあるものです。

惑星ミマナ

古本屋にて購入した漫画

「惑星ミマナ(1)  ますむらひろし スコラ社」

主人公ミマナの記憶から生まれる世界に、真田幸村が登場していました。

最初はきちんと「戦国武将 真田幸村」だったのですけどね。
途中で猫に食べられて、猫の真田幸村になりました。
後から出てきた真田十勇士も徳川家康もみーんな猫!

徳川家康なんて、たこ焼き売って駿府城を作ってましたよ。
ますむら先生の目を通すと戦国武将もこうなるのね~。

子供(代表は真田幸村)と怠け者ばかりの世界で1人真面目な根津甚八が好きです。


惑星ミマナは全3巻。
残りの2巻も早く見つけて猫の幸村が何をしでかすのか見届けたいですね。

鎖鎌のトリビア

仕事帰りにお祭りの会場を覗いたら、伊賀忍者集団の方々がパフォーマンスを行ってました。

修験者の格好した人が棒術を駆使して敵を倒したり(歴史小説で幸隆や幸村がやっていそうだ)、忍者が敵をぐるぐる巻きにしていたり(唐沢玄蓄や割田下総ならやったかな?)、なかなか楽しいショーでした。

おお?と思ったのは鎖鎌の説明でした。
忍者「この鎖鎌は軽くて携帯しやすかったため、女性用の武器として使用されていました。」


ええ?そうなの?
じゃあ、忍者ものの漫画や映画で鎖鎌使ってた人たちは、周囲の忍者に

「あいつ女物使ってるぜ。」
「恥ずかしい奴。」
と笑われていたってことですか。

今度、時代物の漫画などを読むときは武器に注目して読もうと思います。

気になる高梨頼治

「川中島 五度合戦次第」で真田幸隆に重症を追わせた高梨頼治さん。彼のお兄さんは真田を通して武田に臣従したそうです。


高梨の一族は、加沢記で真田幸隆の兄「海野幸義」を殺しています。その後武田に信州を追われて越後へ行きました。


真田幸隆にとっても、高梨頼治にとっても、恨みの一戦だったのですね。
保科弾正が幸隆を助けに戻って来てくれて本当に良かった。


ところで保科弾正、「真田討たすな 者共!」と叫んだあと1人で敵中に突っ込んできたんですか?高梨頼治を討った後の記述が
保科も其時 越後後方の大勢に被取籠 既に危見え候
ってなってるんですけど。あんまり急いで戻ってきたから配下が誰も追いつけなかったのだったら面白い。



・・・昨日読んだときは、細谷彦介が高梨頼治の草履のほつれを討ってトドメは保科弾正がさしたのか?と思っていたのですが、よく読んでみたら
高梨頼治の草履がほつれたので、細谷彦介がトドメをさしたようです。昨日の日記、直しておきました。

図書館へ行ってきました。

・「羽尾記」
・「真田大阪陣略記」

をコピーしてきました!
ついでに「眞田記」「川中島 五度合戦次第」もコピーしてきました。

羽尾記にざっと目を通しましたが、幸隆と羽尾の娘のラブロマンスについては書かれていない模様。この話の出所ってどの史料なんでしょうね??

残念。

「真田大阪陣略記」は4ページの短い文章でした。
これなら楽に読めそうです。とりあえず、人名だけ拾い読み。

・・・・・・・・・見つけたり!貴方のことをずっと探しましたよ!

真田幸隆にはまる前からずっと知りたかった記述を見つけて満足。


そして、「川中島 五度合戦次第」。保科正俊の<槍弾正の由来>の記述を読んでニヤリニヤリ。
こんな感じの話でした(赤字は原文のままです)。

****
合戦の中、真田幸隆は兵士を後方へ下げようとしていました。そこへ、村上義清の部下である高梨頼治が襲ってきました。
高梨は真田とむすと組て推状 鎧の脇坂の透間を二刀刺申候
それを見た保科弾正が引き返してきて
「真田討たすな 者共」
と言って戦いました。
真田の家来の細谷彦助が保科と折り合って、高梨の草履がほつれた所を上から打ち落とし、主のかたきを討ち取りました。
このことから、保科を槍弾正を呼ぶようになりました。
****

主のかたきって・・・真田幸隆はまだ死んでませんよ!
この後、保科弾正も真田も越後の兵に囲まれるのですが、滋野の一族が「保科討たすな!」と保科弾正を助けに戻ってきています。

戦国友情話?美談ですね~。


「眞田記」は気がむいたら読もうと思います。

涼しくなりました。

昨日今日と雨が続いたため、大変涼しくなりました。
おかげで体調も回復しつつあります。


このまま涼しさが週末まで続くといいのですが。


体調の良いうちに!
と加沢記を読み進めました。

久しぶりに唐沢杢之介が登場。斉藤家の使者として、近所の坊さんと一緒に白井城(現在の子持村)へ出かけていました。


杢之介の使命は、上杉謙信に斉藤家を助けてもらうこと。


謙信への取次ぎをしてくれたのは「長尾 景信」という人でした。
こうして斉藤家は上州へ攻め入る武田軍へ対抗できる武力を手に入れたのでした。


この「長尾 景信」と言う人、どうも上杉謙信の遠い遠い親戚らしいのです。
私は全然知らなかったのですが、渋川市のお祭りで引かれる山車の人形になってます。利根郡の有名人なのかしら?
白井城の城主だったらしいのですが。
お祭りの山車の人形、なんでこの人なんでしょ?もっと有名な人もいるでしょうに??


他の地方はどうなんだ?
沼田祭りなら真田関係あるのかしら?


沼田祭りで使用される山車(沼田市では『まんど』と呼ぶ)には歴史上の人物は使われていないようです。

体調が悪いです。

先週末から吐き気と頭痛で体が参っています。


原因はおそらく職場の暑さと湿気。体が暑さ負けしています。
ムンムンしている高湿度高温の環境が関西在住2年目の体にはちょっと辛いです。


「体が慣れるまでの辛抱だ!」
と言い聞かせながら、忍者のお茶(健保茶:甲賀町の忍者屋敷にて購入)を飲んで頑張ります。



喋り石

吾妻地方に伝わる伝説の一つに
『喋り石』があります。


仇討ちを果たしたいと諸国を巡り歩いていたお侍さんが、大道峠の岩の足元で野宿をしました。
すると、その岩が
「お前の仇はどこどこにいるよ。」
と教えてくれたので、侍は見事に仇討ちを果たすことが出来たのでした。

その後、その岩『喋り石』と呼ばれるようになり、人々にいろいろな事を教えてくれたのです。
が、ある日
「岩が喋るなどと、それは妖しい。」
と旅の人が岩を叩き切ってしまいました。

その後、喋り石はまったく喋らなくなってしまいました。
切られた岩の欠片は蟻川まで飛んでいき、割り石と呼ばれました。

この割り石もあれこれと喋る石だったので、鹿島明神が二つに割ってしまいました。

それから、石が喋るのを聞いた人は誰もいません。



大道峠は嶽山城と三国街道を結ぶ重要な道の一つでした。この道を使えば中山城や尻高城の北条家よりの地侍達に悟られることなく、越後の様子を探りに行けるのです!


この『喋り石』伝説、ひょっとしたら昌幸時代の真田忍者(兼吾妻衆)の『忍び小屋』の話だったのかもしれない・・・と妄想してみたり。


各地に散った真田忍者が大道峠に集まり、情報の交換をしていたら敵方の忍びに奇襲を受けてしまった。忍者達はうまく逃げたが、大道の小屋が使用されることは二度と無かった。その代わりに、今度は蟻川に小屋を作った。大阪夏の陣の後、使われなくなった蟻川の忍び小屋は破棄された。



な~んてね。

喋り石はまだ大道峠に残っています(バス停「しゃべりいし」のすぐ後ろです)。
石の切り口にそっと耳を近づけてみてください。
なにか・・・教えてくれるかもしれませんよ。


****

掲示板のお返事は明日します。←すみません、日曜日に返事します。

黒馬がお好き?

加沢記に見る、真田家面々の乗った馬の名前

・真田幸隆 『荒井黒』(嶽山合戦)
・真田昌幸 『望月黒』(VS金子美濃守 第一次上田攻防戦)
・真田信之 『甲州黒』(武田家滅亡後、岩櫃城へ移動中)

黒馬が好きだったのか、たまたまか・・・。

ちなみに幸村(加沢記では「真田 藤倉 信為」の名前で登場)の乗った馬は葦毛の名馬だったそうな。名前なし。

鎌原の代替地

信州に退去してきた鎌原さんの代替地はおそらく上田市の浦野と思われます。多分、真田幸隆の領地内なんですね!

地図を見ると発見が多くて楽しいです。


この後、幸隆は鎌原に兵や兵糧を貸すことになります。
そして、鎌原が露払いを済ませたところで岩櫃城を攻略!


岩櫃城攻略のあたりを現代語訳するのが今から楽しみです。
幸隆を中心とした真田家のほとんどの人が参加しているんですよv(幸隆の4男「真田 信伊」がいないのでオールキャストにならないのが残念!)

まだまだ羽尾VS鎌原が続きますが、早く岩櫃城攻略まで進みたい!

プロフィール

てるてる

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
TweetsWind