決戦Ⅲ

ついに買いました「決戦Ⅲ」!


いつものように、旦那のプレイを横で見ていたのですが・・・


上杉謙信がめちゃくちゃカッコイイ!


キャラクターとしてかっこいいです。真言で魔法(忍術らしい)を使う様も、部隊を指揮する様もかっこいい。登場回数が少ないのが本当にもったいないです。もっとムービーを見たかった!


旦那 :「(主人公は織田信長です)武田も上杉も強い!倒せねえ!」


てるてる:「お館さま(武田信玄)とお実城さま(上杉謙信)が弱いわけないでしょうが(フフン♪)」


旦那 :「何故お前が威張る・・・」

    *******

   長篠の合戦にて

てるてる:「ああー!内藤さんが、馬場さんが、山県さんが・・・倒しちゃダメ!」


旦那 :「倒さなきゃクリアできないでしょうが。・・・もしも好きな戦国大名でプレイできたらどの大名でやりたい?」


てるてる:「武田家!・・・いや、ダメだ。長野業政を倒すなんて・・・(しばし考え込む)・・・上杉家でプレイして、長野業政を仲間にする!」


旦那 :「そうしたら、真田幸隆を倒すことになるよ。」


てるてる:「そんな~~~~。選べない~~~。・・・・・・あまり私が詳しくない大名家なら素直に楽しめるかしら・・・島津とか、三好とか、毛利とか、伊達とか、南部とか・・・」


KOE○さん、信長の野望の決戦バージョン作ってくれませんかね。


旦那が一度クリアしたので、今度は私がプレイしております。
現在「桶狭間の決戦」に挑戦中!しばらく夢中になりそうです。


果たして「三方が原の決戦」で武田勢を打ち破ることができるのか?

祝 ギルドマ映画化!

歴史の話ではありません。


私の大好きな大好きな(以下略)漫画「アタゴオル」シリーズの一つ「ギルドマ」が映画化されるそうです!


めでたい!


動くヒデヨシがギルバルスが、そしてヒデコがこの目で拝める日がくるとは!


贅沢を言えばパンツやテンプラやツキミ姫も見たかったよ~~~。


絶対に映画館で見ます。


映画館に行って見ようと思ったのは「指輪物語」以来だな~。


心配なのは少し不気味で不思議で透明で優しくて暖かい、あの世界観を映画(CG)で表現できるかということですね。


アタゴオルを知らないファンタジー好きな貴方、ぜひ「アタゴオル玉手箱」から読んでみることをおすすめしますよ。「アタゴオル物語」は少しアクが強いですから。フフフ。

猛牛甘利便

『山であろうが谷であろうが、敵地であろうがお届けします。
信頼の甘利便をぜひご利用ください!』

 ↑
加沢記を読んでいて浮かんだ妄想です。
羽尾 VS 鎌原 を読んでいると次の表現が多い多い。

・甘利に連絡させます
・甘利に言ってください
・甘利に手紙を届けさせます
   By 武田信玄

甘利家は武田家上州攻略支部吾妻方面窓口としてしっかり機能していたようです(笑)

福知山城へ行ってきました

それは木曜日のことでした。


旦那  「今度の土曜日に福知山城へ行こうよ。」
てるてる「どこにあるの?」
旦那  「近いよ。福知山市。」
てるてる「誰の城?」
旦那  「明智光秀!」
てるてる「O.K.おにぎり持って行こう!」


と、いうことで行ってきました福知山城!

こんなお城でした。

siro-3.gif



石垣の隙間が大きくて昇りやすそう・・・。あ、墓石や仏塔もはめこまれてる・・・。明智さん、寺社仏閣を破壊して城の石垣の材料にしてたんですねえ。


城の入り口にはこんな看板も。こんな所で尼子騒兵衛先生のイラストにお目にかかれるとは!

siro-3.gif



城の中は郷土資料館になっていました。
明智家の軍法などが飾ってあって面白かったです。


展示品の中に大槻玄沢著の「蘭学階梯(江戸時代のオランダ語入門書)」が飾ってありました!初めて本物を見ましたよ!
(風雲児達を読んでいない人にはわからないネタでごめんなさい)


じっくりと郷土史料館を堪能した後に、福地山城の北西にある

「猪崎城」へ。

こちらは城跡のみでした

siro-3.gif


城跡へのぼり、てっぺんの広場(本丸跡)で福知山城の姿を眺めながらお弁当にしました。


てるてる「明智光秀って真面目すぎて信長の考えについていけないから逆切れしたんだと思ってたよ。」
旦那  「それは間違い。商人を優遇したり、既存の勢力を潰したり、わりと信長と似たことをしてるでしょ。」
てるてる「本当だねえ。(・・・なんで本能寺の変おこしたんだろ?)」


猪崎城は木陰が多くてピクニックにもってこいの城跡でした。


福知山市のお城達、人ごみが嫌いな方にはおすすめです。

信玄はえげつないなあ。

今、加沢記の「羽根尾氏と鎌原氏の争い」の部分を読んでいます。

どんな話か簡単に説明しますと、
・鎌原家と羽尾家は昔からお隣同士で領地を争っていました。
・羽尾氏には後ろ盾に岩櫃城の斉藤家が、さらに後ろには越後の上杉謙信がついていたので鎌原氏は真田幸隆を通して武田家に後ろ盾をたのみました。
・両家の領地争いを鎌原が信玄に言いつけました
・信玄は
「小さな争いは大きな争いの元になります。話を丸く治めてあげましょう。」
と言って領地検分の使いを派遣し、両家の領地の境目をはっきりさせました。このとき、


元々羽尾家の領地であった土地の一部が鎌原家の領地となりました。


文章を読むだけだと「信玄の親切」のように感じるのですが・・・地図で地名を確認すると、信玄の検分が羽尾氏に対する嫌がらせだと良くわかります。


鎌原の領地になった土地というのが、羽尾城のすぐ南側なんですね。
家の前に広がっていた庭をお隣さんに奪われたようなものです。
当然、羽尾家は怒ります。


・不満を持った羽尾家は鎌原家を吾妻から追い出しました。
・「鎌原家の領地回復」を口実に信玄は真田幸隆を吾妻へ送り込み、岩櫃城・嶽山城を手に入れました。


戦の口実を作るのが本当にうまい。
この策に、幸隆はどれくらいかかわっていたんでしょうねぇ。

武田信玄公の歌

日参しているサイト様の掲示板で見かけた


武田信玄のテーマ曲


なるものを探してみたらあちこちのブログで見つかりました。


正確なタイトルは
武田信玄公の歌


す、すごい歌でした(笑)。


家臣の名前が羅列されているところに
真田幸隆・昌幸・信綱
がいるところがまた嬉しいv


詳しい歌詞はトラックバック先の逍遥軒日記様の5/8の記事「武田信玄公の歌」で読んでください。
大笑いすること間違いなし!

真田幸隆と女神の鋒(ほこ)

未確認情報なのですが、長野県の昔話か何かに


真田幸隆が祢津兄弟と共に逃走中、


女神と出会い


鋒をもらい無事に逃げおおせた



という話があるそうです。他にも


真田幸村は天狗の子供だった

という話もあるそうで・・・。
面白すぎます!いったいどんな本で紹介されているのかな。


ご存知の方がいましたら、是非、本のタイトルと出版社を教えてください。


・・・昌之や信綱・輝昌・信伊にはこういう伝説ないのかな?
真田信幸なら「女中についた狐を一目で払った」伝説、
矢沢頼綱なら「地蔵に命を救われた」とか、「小松明の由来」って伝説あるんだけどな~。

上野国は馬の群れた国

実家で手にいれた「あがつま史帖 萩原進著 西毛新聞社刊」という本を読んでいます。


この本、表紙に「K村公民館蔵書」という判子が押してあるんですけど・・・お母さん、どうやって手に入れたんですか?


母「××先生にもらったのよ~。お友達なの。読まないからあげるわ~。」


・・・前から思っていたけど、不思議な人脈を持っているな~。


さて、本題にもどりまして。


群馬県という県名は昔から馬がたくさんいたためつけられたそうです。


奈良時代から朝廷ご用達の牧(馬の牧場)が9つあり、昭和の初め頃まで馬の育成が盛んであったそうです。

江戸時代中期には、人口500余人しかいなかった嬬恋村鎌原に馬が200余匹もいたそうな。


仮に1戸につき4~10人くらい住んでいたと考えてみましょう。
すると、家1件につき馬を1.6~4匹くらい飼っていたことになります!


すごい数です。一家につき必ず一匹飼っていたことになります。
ちょっと大きな家であれば、徴兵されたときに自分の馬を連れていけますよ!



戦国時代の吾妻郡全土において、この比率以上に馬がいれば


真田昌幸が沼田城攻略に用いた兵数 


およそ3000騎



という話も真実かもしれません。
歩兵のほとんどいない、山岳ゲリラ戦に長けた騎兵が3000人!


すごいな~。武田の騎馬軍団ならぬ真田の騎馬軍団!


真田信幸も大戸の仙人窟で騎兵隊を率いてましたし、真田家の人々は篭城戦だけでなく、馬を使った戦い方も得意だったのかもしれませんね。


5月4日

5月3日は一日中籾巻きでした。
籾撒きとは、稲の種を土を詰めたケースに撒く作業です。
農業体験がはじめての旦那は水撒係に任命されました。


良いお天気でしたので、旦那の持つホースの先から虹がでました。


5月4日に、母と旦那と3人で箕輪城へ!


母   「GW中は道が混むから裏道通りたいなあ。」
てるてる「じゃ、大戸通って行こうよ。ついでに仙人窟行こうよ。」


と、言うわけで大戸の古戦場跡へ。ここにある仙人窟という洞窟は

真田信幸が騎兵を隠して奇襲を行い、北条勢を大破した場所

です。


私が知っている数少ない、信幸兄さんが主役の戦場です。
洞窟の入り口までがすごい急坂。
前回1人で来た時にも思ったのですが・・・


この洞窟に500騎隠すのは絶対無理


この坂を馬で駆け下るのも難しいのでは・・・



信幸兄さん、『源義経の一の谷の合戦』を真似したかったのかしら?


後で写真をUPします。


そして、本日のメインイベント『箕輪城』!!


城の東西が川で囲まれている、守りやすい城でした。
まだあちこちが発掘中でありました。
本丸跡は意外と狭かったです。


面白かったのは「鍛冶郭」と「三の丸」が繋がっていたこと。
そして、「三の丸」から「本丸」へと続く橋が架かっていたこと。


武器の製造やら鍛えなおしの様子を本丸からすぐに見に行くことができるのですよ!


長野業政愛用のドス(長脇差)もきっとこの鍛冶郭で鍛えられたのでしょうv職人の様子を見回る様子が目に浮かぶようでした。


城を見た後で、箕郷町の郷土資料館へと出かけたのですが・・・

『資料館は常時開設しておりません。御用の方はこちらへご連絡ください  TEL×××ー××××』


との張り紙が。書いてある番号へ電話をかけると・・・
「本日は担当者がいないのでわかりません。私ではあけられません。」


・・・まじですか・・・。泣く泣く箕郷町の図書館へ向かうとまたもや張り紙が・・・。


『当館のGW中の営業日は5月5日だけとさせていただきます』


・・・・・・・・・。


箕郷町のHPに「GW中も開館」って書いてあったじゃないですか。


長野さん。そんなに私に貴方の事を知られたく無いんですか。私のこと嫌いですか?しくしく(涙)。


気を取り直して「長純寺」へ。
お寺の住職さんに長野業政の木像について訊ねた所、快く現物を拝観させていただけました。


長野業政さんは思ったよりも下膨れなお顔でした。
戦国武将というよりも、平安貴族のようなお顔でした。
当時の感覚ならきっと美形だったのだろうなあ。


こうして今回の帰省は終わりました。

長野さんについて調べることは出来ませんでしたが、見たい物は見ることができました。
調べ物は次回の帰省に持ち越します。


次回こそは!もっと時間に余裕をもって郷土資料館を図書館を廻るぞ!

五月二日

深夜1時、雨が小降りになるのを待って関西を出発しました。


高速を走りぬけ、長野県諏訪のICに降り立ったのがちょうど夜明け前でした。
諏訪盆地は周りが山のためでしょうか。どんどん青くなっていく空と山から顔を出さぬ太陽、銀色のままにさざめく諏訪湖が対照的でした。


諏訪から大道峠を越えて上田を目指します。
峠道のあちこちに、ポテトチップスのプリングスに印刷されている親父のような顔の標識がちらほらと。
てるてる「あれ、誰の顔だろう?大道峠だから大道さん?」
旦那  「信玄の顔ちゃう?」
てるてる「ええ~~~。あんな丸顔~~~。」


写真を撮ってくれば良かった。


今回は海野宿も上田市も通り抜けました。ここを見るには一日あっても足りません。実家へ帰ることを最優先に!


上田市を通り抜け真田町に。
旦那  「寄りたい所があったら寄っても良いよ。」
てるてる「『信綱寺』と真田家の『お屋敷跡』!!」
旦那  「どこにあるの?」
てるてる「道なりに行けば看板が出てるはず・・・あった!」


信綱寺の前には謎の六文銭オブジェがありました。
近くに寄ってみると幸村や昌幸の花押が彫ってあります。
オブジェを一周して見ると信綱・信伊・信玄・勝頼・家康の花押まで!
幸隆の花押はないのか?とオブジェの説明を読んでみたら・・・


幸隆を表現した石を踏んでました。


幸隆さんごめんなさい!悪気はありませんでした!


信綱寺で真田信綱・昌輝のお墓にお参りしてちょっとしんみり。


気を取り直して、お屋敷跡へと向かいます。


てるてる「ああ!今の看板を右だったのに!」
旦那  「ごめん。後ろに大型トラックがついてるから戻れない。」
残念。次回にリベンジしたいと思います。


そのまま鳥居峠を越えて上州に入りました。
途中で羽尾城と長野原城へも寄る予定だったのですが・・・


旦那 「羽尾城ってどこよ。」
てるてる「(地図を見ながら)この辺のはずだけど・・・ああ、もう1駅分も越えてる!」


旦那  「お、長野原城の看板」
てるてる「やった!駐車場は・・・無い・・・。」
旦那  「車を留められる場所は・・・無いね・・・。」
てるてる「今日はあきらめます(涙)」
早朝に車を止められる所がありませんでした。


失意のままに岩櫃城を通り抜け実家に到着。
この日はそのまま布団に直行しました。


城廻するときは事前にしっかり調べましょう。

実家から帰ってきました。

昨日(5月5日)に帰ってきました。もう今日は一日、疲れて疲れて死んでました。貫徹して上州から関西へドライブするのはキツイですね~~~。運転してくれたのは旦那ですが・・・。


籾巻きが予想以上に早く終わったので箕輪城へ行けました!
長純寺で「長野業政公の木像」を拝見できました!
大戸の仙人窟の写真撮ってきました!
五反田の台から嶽山城を眺めることができました!


GWに予定していたことの3割くらいは実行できました!


旦那、嫁の無謀な計画に付き合って運転してくれてありがとう!
お母さん、娘のマニアックな趣味に付き合ってくれてありがとう!


お父さん、米をありがとう!大事に食べます。


詳しくは明日、日記に書きたいと思います。

実家へ行ってきまーす

体力がかなり回復したので実家へ帰ることにしました。
5月5日まで田んぼを手伝ってきます。


久しぶりに母や妹と騒いだり、父と飲むことができます。ひょっとしたら叔父さんたちにも会えるかな?
楽しみです。





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