熱下がった!

よっしゃ!元気百倍!
とは行きませんが回復しました!


熱がないと頭がすっきりして楽ですわv
2日間布団をかぶりっぱなしだったので体の節々が痛いです。
これから家中の掃除をして体をほぐしたいと思います。


実家へ帰るかどうかは今夜旦那と話し合って決めます。

いろいろ更新してみました

実家に戻れない鬱憤をサイトにぶつけてみました。
さすがに24時間ちかく眠っているともう寝れません。


寝室にノートパソコン持ち込んで、頭から布団をかぶって「幸隆の法体」と「祢津家呪われる」をHPに移植しました。


あらためて現代語訳のブログを読み返して、最初の頃の文章のいい加減さに頭が痛くなってきました。
これは、きちんと現代語訳しなおさなければならない。


岩櫃城の由来とかは、どんな場所に岩櫃城が建っているかを延々と書いているだけだから図を描いて載せたほうがわかりやすいんだよなあ(ブログではMAPFANの地図を貼り付けて現代語訳はやめました)。

合戦の部分とかは簡単な地図をつけたいし・・・。


いろいろと工夫の余地有りだな。


うう~~~ん。吾妻太郎の話とか、吾妻三家の話とかは真田とまったく関係がないのよね。時代も室町中期とか、鎌倉時代の話だし・・・。ブログのほうではそういうのすっ飛ばしてるけど、HPには載せたほうがいいよなあ。


まあ、加沢記の5巻までいったら最後に訳そうかな。


さてと、「私訳・加沢記」を更新することができたので、憧れの同盟様に申し込みをしてこようと思います。

熱が下がらない・・・

喉と鼻の奥と耳の奥と頭が痛いです。
危険なので実家への帰省はちょっと延期しました。



GW中に親に顔見せることができるといいな~~。
なんとか5月3日の籾撒きを手伝いたいものです(←実家は米農家)。


城跡めぐりと図書館はあきらめなくては・・・(TT)


いいんだ。「改訂史籍集覧 14」(真田大阪陣略記)は今住んでる所の県立図書館にもあるし・・・。


「群書類従 21 合戦部」(羽尾記)も市の中央図書館にあるし・・・


長野原城以外の史跡はダムの水底になる心配もないし・・・。


やりたいことは山ほどあったのになあ。
残念。

風邪にやられました。

先週の土曜日からちょっと風邪気味だったのですが、昨晩から熱を出しました。
今日は旦那と医者からストップかけられて、仕事休んで寝ています。


今夜の夜行で上州入りする予定だったのですが、ちょっとやばいです。
せっかくのGWがあああああああああああ(涙)
無理して実家帰ってもそこで倒れてたらしゃれにならん。


行きたい場所は山のようにあるのに!


元気に帰れるようにまた寝まーす。

悲しいという感情は

ふいに  あぶくのように  うかびあがる


今借りている家の大家さんは、妙に私と馬が合う80歳過ぎの素敵な女性です。
私達は時々お茶をします。


今日もお茶とお菓子を間に、談笑を交わしていました。


何の話題を話していたときだか・・・大家さんがぽろりとこぼした言葉。


「お仕事やらお客様やらで、お母さんがいないことが多くてね。」


さみしかった・・・と鼻をすする大家さん。
さみしかったんですね・・・と相槌を打つ私。


大家さんがすぐに別の話題に切り替えたので、その話題はそこでお終い。


普段は思い出すことすらしない、遠い昔の感情が不意に人を襲う。
その瞬間を目の当たりにしました。


不意に浮かび上がる感情はきっと魂に刻まれている。


魂にまで刻まれた記憶と感情は、無意識下に一生残るのでしょう。


願わくば、これから私の魂に刻まれる感情に喜びが多からんことを。

決戦

我が家では現在 PS2のゲーム「決戦」が流行っています。
私が武田・真田にはまってキャーキャー言っていたら、旦那が古いゲームソフトを出してきてくれたのです(信長の野望と一緒に)。



「決戦」とは、大部隊の合戦をシミュレーションできる大変おもしろいゲームです。
特に武将達の衣装が笑えます!石田三成の甲冑にはたまげました!
キャラクターも個性的で、シナリオもなかなか面白いです。


しかし、私が一番楽しいと感じたのは合戦を上空から眺められるというシステムでした。
戦の展開が一番面白い。布陣図を見ているとドキドキします。


最初は自分でもプレイしていたのですが、最近はもっぱら旦那のプレイを横で見ています。
旦那は包囲殲滅作戦が得意で、敵部隊をうまいこと自軍の真ん中に誘い込むのです。


最近発売された決戦Ⅲも合戦シュミレーションとのこと。
合戦を見たいな~~~。買っちゃおうかな~~~。

風雲児たち ワイド版 19巻

今日は仕事の帰りに漫画を買ってきました。


「風雲児たち ワイド版 19巻 みなもと太郎著」
幕末の動乱を描くために、関ヶ原の戦いからお話をはじめた歴史大河ギャグ漫画です。


毎月少しずつ買い集めてきたこの漫画も最終巻まであと一巻を残すのみ。
もうすぐペリーが浦賀へやってきます。


勝海舟が、佐久間象山が、老中阿部が走り回っている19巻ですが、中盤にて
『話は1600年、関ヶ原の直前にさかのぼる・・・』
なんと、真田 昌幸・信幸・幸村親子が登場しました!


しかも犬伏の別れを作者一流のギャグでかましてくれました!
ああ、もう大好きです。みなもと太郎大先生!


風雲児たちを読み終えたら、「風雲児たち 幕末編」も絶対に買います!

GWは実家に里帰りします。

と、言うわけで29日から上州へ帰省します。


上州へ帰ったら、まず訪ねるのは
「群馬県立図書館」
ここで
・羽尾記(幸隆の羽尾での暮らしを知りたい)
・眞田大阪陣略記(田村左次右衛門清隆が載っているハズ)
を探してみます。史籍集覧. 第10-14冊 / 近藤瓶城に載っているはず!


他にも真田関係の史料や
長野業政関係の史料を漁ってくる予定です。
関八州古戦録も読みたいのですが・・・古文なんですよねえ・・・。現代語訳があったら読みたい・・・。


そして、今回の帰省のメイン!


箕輪城へ行ってくるぞ!


箕郷町で長野業政について調べられるだけ調べてきます!


其の後で、吾妻郡図書館へ行って「真田藩政と吾妻郡」を読んできたいですね。


時間があったら羽尾城とか、長野原城とか、仙蔵の城とか、割田下総の墓とか、唐沢玄蓄の墓とか、海野兄弟の墓とかも行きたいのですが・・・どうなるかな?

羽尾氏の家系図

幸隆の妻の実家とも、母の実家とも言われている羽尾家についてです。

まず一言。似た名前が多くてややこしい!混乱しまくるわ!


ちょっとすっきり。

ネットを使って家系を調べました。


羽尾 治部少輔 景幸(1481~1540)
     |
   治部 入道道運 幸世(1501~1563)
     |
     娘(真田幸隆の妻)
   治部 入道道運 幸全(嫡男)(1521~1563)
   長門守 幸光 (次男)(1526~1581)
   能登守 輝幸 (三男)(1532~1581)
    

なるほど。こういう関係でしたか。加沢記では幸世と幸全が一緒になってたからややこしかったのね。


幸隆が羽尾家を頼ったのが1541年だからその時、
真田 幸隆 28歳

羽尾 幸世 40歳
   幸全 20歳
   幸光 15歳
   輝光  9歳

で、幸隆が岩櫃城を攻めた永禄6年(1563)の時は
真田 幸隆 51歳 

羽尾 幸世 62歳 (討ち死にとも越後に逃れたともいう)
   幸全 42歳 (上記に同じ)
   幸光 37歳 (岩櫃城 城代となる)
   輝光 31歳 (上記に同じ)

幸光・輝光兄弟を助けて岩櫃城をくれてやったのは幸隆のせめてもの情けか
(加沢記では幸隆が、二人を助けた後に信玄に推薦しています)。
・・・もしも、幸光・輝光兄弟が岩櫃城攻めの時に内応しなかったら・・・。 



その時歴史が動いた 

昨日の「その時歴史が動いた」は武田勝頼でした。武田初心者の私にもわかりやすい構成でした。


武田軍崩壊の原因がいくつか羅列されていました。
そして勝頼がそれらにどう対処していったかも解説されました。


勝頼は信玄が死んでから本当に頑張っていたんだなあ。
頑張って、頑張ったけど信長の流した風聞にとどめをさされちゃったんだなあ。恐るべし噂話。


歴史にもしもはないけれど、
もしも信玄公が上洛を果たしていれば。
もしも太郎義信が武田の跡を継いでいれば。
後世における勝頼の評価は違ったのだろうな。


*****六文銭ブルースの記事より
なにも御屋形様の命日直後に“滅亡ネタ”を流さなくても良さそうなものだが
*****


同感です。

竹の子をもらいましたv

と、言うことで今夜のメニューは
・竹の子御飯
・竹の子のお吸い物
・竹の子の煮物
・キスの天ぷら
です。これに山菜(タロッペ・こごめ・うど)の天ぷらが加われば最高なのですが。


山菜を取りに行きたいなあ。


天ぷらといえば徳川家康が鯛の天ぷらにあたって死んでいますね。
天ぷらという名前が日本史に登場するのは江戸時代の安永年間(1772~1780)からなのです。
それまでは「付け揚げ」という名前で、主に精進料理のメニューだったそうです。


信玄もてんぷらを食べたかしら?


疑問を解消すべく「日本食物史」という本を読んでみた。
小麦は1500年代に普通に存在していたし、卵も食べられていたから衣は作れる。
天つゆはどうだろう。
原料はだし汁と醤油とみりん。
醤油は永禄年間(1558~1570)に千葉県流山から武田家へ輸入されている。
みりんは慶長7年(1607)に市販されはじめているから無理だなあ。天正1年(1573)にお館さまが亡くなっているから。


結論:信玄や幸隆も天ぷらを食べていた可能性はおおいにある。天つゆはだし醤油か塩であったであろう。
おそらく関東風味のしょっぱい味付けであったと想像できる。



室町時代後期の食生活が以外に豊かだったことに驚きました!

今日は信玄公の命日でした。

日参しているサイト様のカレンダーを見るまですっかり忘れていました。
武田ファン失格!


お館様から罰をくらったのでしょうか、雨が降ったので花見は中止になりました(涙)
桜は見れなかったけど、外食とお喋りを楽しめたからまあいいか。


この雨で、せっかく咲いた桜も全部散ってしまうのかな。

上杉景勝と猿


無口で有名な上杉景勝が猿を見て笑ったという逸話があります。この話が「名将言行録(2)」に載っているそうです。


是非とも読まなければ!
読んでその猿が「大阪城の猿(秀吉のペット)」なのか「春日山城の猿(景勝のペット)」なのか確認せねば!


明日は花見で図書館に寄れないし、あさっては水曜で図書館が休みだ。
木曜日に図書館で取り寄せを頼んだら・・・早くても来週まで読めないなあ。残念。


そういえば、真田昌幸も何か猿に関する逸話を持っていた気がするのですが・・・なんだったっけなあ???
猿・・・猿・・・昌幸の元で働いてた忍者「唐沢 玄蓄」の幼名が「お猿」だけど・・・それとは関係ないし。


どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。



眞田六文銭ピープルに参加してみました

六文銭ブルースの東城憐様が主催するピープルという物に参加してみました。

ブログの中の真田関連の記事を集める企画のようです。

六文銭の輪がどんどん広がると嬉しいなあ。

もう少しHPを充実させたら、真田版webringや武田関係の同盟にも参加申し込みしたいですね。

ブログでやってる加沢記現代語訳を3つくらい編集してHPにアップしたら憧れの同盟様に参加したい・・・ふふふ、いつになるかなあ。
やってみたいことは山のようにあるのだけど、なかなか進まない。

気力と体力がもっともっともっと欲しいです。

長野業政の上州弁が読みたい

期限が切れたので「名将言行録(1)」を図書館に帰してきました。1巻には真田幸隆の項目がなかったので、いつか続きを借りたいです。


前にも書きましたが、名将勤行録は古文で書かれています。
頭の中で不完全な現代語訳をしながら読んでいたのですが、ふと思いました。


皆、方言で喋っていたら印象変わるよなあ。


真田幸隆は信州の上田地方の出身だから語尾が「~ず」「~ずら」だったろう。
武田信玄・甘利虎泰・馬場信房は甲州弁だから語尾は「~し」「~ぇ」
山本勘介は元は駿河の出身だから「~だら」「~つら」
保科正俊は北信州高遠の出身だから「~だか」
内藤昌豊は全国を放浪していた時期があるからきっとごちゃ混ぜな言葉を喋るだろう。


武田家の評定は各地の方言が飛び交ってえらいこと(上州弁:大変な状態)になっただろうなあ。
皆興奮してきたらお国言葉まるだしで、わけわからなくなって、困った信玄が
「御旗楯無も御照覧あれ!」(←武田家の決まり文句。武田家長にこれを言われたら会議は終了。)
と叫んで奥へ引っ込むかもしれない。譜代の家臣はわかっているからすぐに黙って帰ろうとするだろうけど、外様の家臣はわからないからざわつくだろうな。
人材を集めるって大変だな。



そして、タイトルに書いた長野業政は上州弁だから「~べぇ」

長野業政には、是非、愛用の長脇差(ドス)を持って


「たあことこくんじゃねぇ!」
(馬鹿なことを言うんじゃない!)


とすごんで欲しい。その勢いに驚いて、真田幸隆は箕輪城を脱出できなくなるかもしれない(冗談です)。
名将言行録の長野業政の項目を、いつか上州弁訳してみたいです。

新羅三郎義光

大河ドラマ「義経」を見ていたら、最後の最後に

新羅三郎義光の墓


が紹介されました。


旦那  「おお!こんな所に繋がるとは思わなかったなあ。」
てるてる「新羅三郎って誰?」


じと~~っと旦那があきれた目線を送ってきます。
そんな顔されても私の脳内検索に新羅三郎なんて人物は引っ掛かりません。


てるてる「わからん?」
旦那  「・・・マジで?ほら、武田信玄の。」


はて、武田信玄と源義経は時代が違うぞ~~・・・ん?・・・そういえば武田家は甲斐源氏・・・


てるてる「あ~!!信玄の御先祖様か!」
旦那  「そうそう。知りたいと思っているとひょんな所から情報が手に入るもんだね。」
てるてる「ところで、新羅三郎って何した人なの?ドラマ義経に登場するの?」
旦那  「知らない。」
てるてる「・・・」
旦那  「・・・」



大河ドラマ「武田信玄」でよく使われていた
「御旗・楯無も御照覧あれ」
という台詞に出てくる御旗と楯無(鎧のこと)は新羅三郎の物なのだそうです。

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