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大人の階段のーぼるー♪

久しぶりに妄想します。
きっかけは某HPの『崖の上のポニョ』の考察。
神話学とか民俗学とか人類学とか引用しててとても面白い考察だったんだけど、その中に

「『贈与』という概念があり、人に何かあげる・してあげるという行動によって人間は一つ大人になる。ここでの行動には相手から何かを奪うような良くない事も贈与として考えられる。」

というような話があったのです。

この考えをそのまんまあてはめたら、幸村が自分から大人への一歩を踏み出したのはたぶん10~13歳の時だったのだろうな~~~と思うのです。

なんでかというと「信之公がおっしゃいました。」という逸話にこんな話があるから。
(原文を探して訳すのが今ちょっとしんどいので、記憶に残っている話を大雑把にかきます。)

以下、信之視点です。

「俺が初めて刀をもらったのが13歳の時。母君から刀を手渡されて本当に嬉しくて、毎日腰に挿していたんだ。
ある日、弟と伊勢山(戸石城近辺)で遊んでたらいきなり暴漢に襲われたんだ。刀を抜いて戦おうとしたんだけど緊張して体が強張ってちっとも刀が抜けなかったんだ。そうしたら弟が刀を抜いて暴漢に斬りつけたんだ。
ほら、弟ってきっつい奴だからさ。ま、誰でも初めての時は刀が抜けないもんだよ。」

10~13歳の男の子(おそらく幸村)が、自分から他人へ斬りつけて他人の体を損傷した。
この行動は「まったくの他人」へ幸村が働きかけた『贈与』です。

こうして大人への階段を昇りはじめた幸村でしたが、なかなか元服させてもらえず大人としての名前「源次郎信繁」がもらえるのは19歳くらいの時でした。

心は大人に近いのに公式には子供として扱われるという中途半端な時代が続いたのですね~。
外見は子供の装束なのに、精神的に着々と大人へと変化していく弟に対して信之兄上はどんな気持ちだったのかな。
(そういえば、信之兄上の元服っていつだろう??)

それから、『幼名』のまま『子供という責任を持つことが許されない立場』に留め置かれた幸村というのは真田家にとってどんな位置づけだったのだろう(室町時代には成人男性に幼名を名乗らせ続けて中立の使者に立てるという場合もありました。その人は一生幼名で特定の仕事しかさせてもらえないのです)。

その辺を考察した物語や小説を読みたいのですが、どこかに無いですかね。
あ、小難しい話を読みたいのではありません。
いろいろ弟に先を越されて
「俺のほうが兄貴なのに!」
ともやもやイライラしている信之兄上が見たいだけです(笑)
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シロモチくん

松坂へ行った時に見つけたものをもういっちょ。


ゆるキャラ『シロモチ君』
買ったのは三重県津市です。
しろもちくん

箱の裏書きによると、津のお殿様「藤堂高虎」が御餅を大好きだったことから生まれた餅の精霊なんだそうな。
ふくふくとしたフォルムが可愛いぞ!
是非彦根の彦にゃんと並んで欲しい。

こういう戦国系のゆるキャラって他にもいるのかな??

どうでもいい話

最近、ヘタリアという漫画に登場する「プロイセン」というキャラクターに嵌っていまして、ちょろちょろと「プロイセン王国(昔ヨーロッパに存在した国です)」の歴史を調べています。

そのプロイセン王国で最も有名な王様「フリードリヒ大王(フリッツ親父)」について調べていたら・・・。
・フリッツ親父は父親に虐待されていた(廃嫡されそうになったこともある)。
・フリッツ親父は文学青年で自作の詩集を作っていた。
・犬が好きで飼っていた
・・・・・・・・・・・・この3点を読んで即座に武田信玄公を連想してしまいました(汗)。

いや、御館様と違う所のほうが全然多いんですけどね!
タバコ飲んでたり、トウガラシ入りコーヒーが好きだったりとか、女性にあまり興味がなくて子供を作らなかったとかね!!

ああ、でも戦上手で内政上手という所も共通点だなあ。

洋の東西を問わず、偉人というのは共通点があるものなのかなあ。

戦国バトン

yuka様の所で拝見した戦国バトン。「ご自由にどうぞ」とのお言葉に甘えてありがたく頂いてきました。

01.あなたの戦国時代の知識源はなんですか?
TV番組・インターネット・各地の民俗史料館・史料や論文・小説や漫画を含む書籍・昔話や民話・地図や地名・写真や実際に見た地形・山や古道を歩いた感触・古寺や神社や城跡の感触・郷土食・和菓子・茶・昔の着物・地方の特産物

歴史のあるお店を覗くとパンフレットに色々書いてあって参考になります。
屏風絵も想像を膨らませるのに重宝しています。

いろいろなモノをまず丸呑みにして後から取捨選択しているので、考えがごっちゃになっていることが多いです。

02.好きな戦国武将を挙げてください。(複数回答可)
一番は「真田 弾正忠 幸隆」公。継いで真田一族とその家臣。
武田信玄とその一族とその家臣。

特に好きな人達はこの辺ですね。

03.上に挙げた中であえて選ぶとするなら最も好きなのは?
「真田 弾正忠 幸隆」公
私が戦国時代に足を踏み入れるきっかけとなった人。
『好き』の理由をあえてつけるとするならば、『自力で帰って来た人』だから。

最近、幸隆のイメージが指輪物語の馳男に重なってしまい困っています。

04.また逆に、嫌い(好きになれない)な戦国武将は?
05.その中で、最も嫌い(好きになれない)な武将は?
嫌いになるほど知っている人物がいません。
皆さん遠くて遠くて。

06.この人にはもっと長生きして欲しかったなぁ、と 思う武将は?
真田信綱が生きていたら、その後の真田家はどうなったのかな。
昌幸は兄の下についたのだろうか?他家についたのだろうか?それとも独立の道を歩んだのだろうか??

07.アツいと感じる合戦は?
川中島ですね。よくもまあ、何回も繰り返したもんだと。

08.あなたは自分が、信長、秀吉、家康の誰に一番似ていると思いますか?
 突然怒りだす様は信長に似ているとの旦那の弁。
 
09.もし自分が戦国武将だったら、どんなタイプの武将だと思いますか?
 戦場にて一騎打ちを所望する猛将タイプかと。

10.戦国時代をぜんぜん知らない人に勧めたい書籍、マンガなどありますか?

・みなもとたろう先生の「風雲児達 1~2巻」
  これを読ませて戦国知らずの母と妹を薩摩家のファンにしました。

・山田芳裕先生の「へうげもの」
  なにも知らなくても笑えると思います。物のまわりで踊り狂う武将達が見事。

11.そろそろ答えるの面倒になってきましたか?
いえいえ。まだまだ行けますよ!

12.最後に、あなたにとっての「戦国時代」とは?
 遠いけど確実に繋がっている場所。
 遠いゆえにいくらでも想像できる場所。


バトンやドラマの感想を書くのは、いままでとは違う自分の一面が見えてきて面白いですね。
このバトンは置いておきますので欲しい方がいらっしゃいましたら後自由にどうぞv

貴方のことを教えてくださいバトン

由隆様から「貴方のことを教えてくださいバトン」をいただきました。

早速答えますv

■渡してくれた方の第一印象は?
 「何て美人な幸隆公を描く方なんだろう(ため息)」
 勇気を出して掲示板に書き込みして本当に良かったv

■貴方のHNを教えてください。
 「てるてる」です。なんとなく明るい名前にしてみました。

■他のHNを名乗っていますか?(又、名乗っていましたか?)
 昔、別のHNを使っていたことがあります。
 「てるてる」で不都合が生じたらそちらのHNに戻すかもしれません。

■貴方の実年齢を教えてください。
 0~100歳の間です。

■(オンで)よく間違われる年齢を教えてください。
 女性に年を聞くものではありませんよ(笑)

■受験の方は・・・
 かなりまじめに勉強してましたね~。懐かしい。
 合格発表の日に
 「姉貴、桜散るってハガキ着た?」
 と弟に聞かれたのは忘れられない思い出です。

■家族にしてみたい好きなキャラを教えてください。
  お題⇒『戦国』
  父 母 姉 兄 弟 妹

 これ、面白い質問ですね!考えている間ずっと幸せでしたv
 かなり妄想交えて語っているので隠します。
 どんな妄言でも笑って許せる方は下の方をクリックしてください。

■できれば住所なんかも・・・
 銀河系太陽系第三惑星地球日本国関西地方のどこかに住んでます。

■オフしたことのある方を教えてください
 和泉様、その節は彦根城でお世話になりましたv

■バトンタッチ(&お題提供)お願いします
 ここでストップさせていただきます。


由隆様ありがとうございました!


 

続きを読む

真田昌幸 便所から密命を下すの巻

え~妄想を語りたい気分なので語ります。

吾妻記という史料に
「真田昌幸が便所から下した密命を木村という小姓がこっそり聞いて、命令を下された人よりも先に命令を遂行してしまった。怒った昌幸は木村を100日間閉じ込めた」
という逸話があります。

(リンク先のHP「玉姫街」の和泉様がこの逸話を素敵な漫画になさっています。「玉姫街」はこちらです

古来から布団の中・風呂・便所は考え事に適した場所として有名ですが果たして(昔懐かしの)ぼっとん便所で長時間考え事ができるのでしょうか。
実家の便所がいまだにぼっとんである私は、難しいと考えます。
まず臭い。夏場に長時間こもるのは自殺行為です。
次に寒い。冬場に長時間こもったら凍死します。
そして狭すぎる。不用意に動けば落ちてしまうし、長時間座り込んでいたら足がしびれます。

以上の3点から、昌幸が命令を下した便所とは、「おまる」の置いてある小部屋であったと推測します。
「おまる」を使用しなければ臭いも無し。足元に敷物を敷けば寒さもしのげるし横になることも可能。一日こもっていても多少はうろうろできるし落ちる心配も無し。

さて、「昌幸専用おまるの部屋」にこもってしまった昌幸を探りにやってきたお小姓 木村さん。彼はどのようにして昌幸の密命を盗み聞きしたのでしょう。

私は「おまるの部屋の前に堂々と待機していた」説を唱えたい。
右手に換えのおまる。左手に補充用の便所紙を持ち、「昌幸専用おまるの部屋」の入り口に座り込むのです。

誰か城中の人間に見られても、
木村「昌幸公の命にていつでも紙を差し出せるよう待機しておりま     す。」
と言えば皆(ああ、お仕事熱心だなあ。)と思うでしょう!
昌幸本人に見つかっても
木村「換えのおまるをお持ちしました。」
と言えば(小姓の仕事を遂行しているだけですので)昌幸も咎めることはできないでしょう。

日本建築は隙間だらけですので、便所の扉に耳をくっつけなくても中の物音は聞こえます。昌幸が声を発すればすぐにわかるでしょう。

真田家の家臣団は昌幸が木村さんの企みに気付くまで二人を暖かく見守っていたらいいなと思います。

以上、妄想終了。あ~~~すっきり。

真田町には「なんじゃもんじゃ」の木がある

真田町 赤井には「なんじゃもんじゃ」と呼ばれる木があるそうです。

その姿は
「欅(けやき)に似て欅(けやき)に非ず、秋楡(あきにれ)に似て秋楡(あきにれ)に非ず」

占いや祭事に使われていた木だそうです。

「なんじゃもんじゃ」の木が生えている赤井は
この辺だと思われます。

真田本城や屋敷跡から1Kmも離れていない場所なのでしょう。


500年以上前にもその木は存在していたかもしれない。
ついつい想像してしまいます。

「不思議な木があるんだって!」と連れ立って冒険に出かけるお子様の姿を。
木の根元で思い出話にふける大人達の姿を。


「なんじゃもんじゃ」とは「どんな問いにも答えましょう」という意味があるそうです。
その木に、その枝に、その葉に、問いかけを発した人がいるかもしれない。

どんな場所にどんなふうに立っているのか、一度見に行きたいものです。

戦国無双2が出ますね

ゲームメーカーK○EIから「戦国無双2」が出るそうですね。

今度の舞台は関が原が中心になるそうな。

使用できる武将は前作からの持ち越しもあるそうで、「真田幸村」は今作も登場できるようです。

と、いうことは今作でも真田家家臣がモブ武将(プレイヤーが操作できない武将)として登場するのですね。

前作「戦国無双」では真田家家臣として以下の5人が登場したようです。
・矢沢頼綱  (真田幸隆の弟)
・矢沢頼貞  (↑の息子)
・金子美濃守 (沼田衆)
・富沢伊予守 (吾妻の岩下衆 吾妻七騎の一人)
・唐沢玄蕃  (吾妻七騎の一人)

今度はもうちょっと実在した真田忍者が増えるといいな。
吾妻七騎全員出せとは言いませんが、少しくらい増えてるといいな。
たとえば、
・出浦対馬守・・・昌幸に仕えて忍者の養成に務めた。自身も優秀な忍術の使い手であったらしい。
・横谷左近・・・出浦と並んで忍術の名人だったらしい。
・割田下総・・・武辺しのび
・来福寺左京・・・出浦と共に忍者の養成に務めた。

この4人なら「唐沢玄蕃」くらいの知名度があるはず。

ゲームに登場する→知名度が上がる→興味を持つ人が増える→調べる人が増える→新たな事実が発覚!
というふうにならないかな。なったらいいな。

ちなみに、私には戦国無双2を買う予定はありません。
発売されたらネットでモブ武将名をチェックしようと思っています。

砥石で包丁を研いでもらいました。

今日は旦那に包丁を研いでもらいました。
そのときの会話です。

てるてる:「槍や刀の研ぎ方も包丁と一緒なのかな?」
旦那  :「基本は同じだと思うよ。」
てるてる:「武士って自分の獲物を自分で研いでたのかな。」
旦那  :「う~ん。大名とか領主クラスだったら専門の研ぎ師がついてたんじゃないのかなあ。」
てるてる:「じゃあ、信玄や謙信クラスは自分じゃ研げないんだ。戦の時には後ろの陣に専門の研ぎ師が控えてるわけね!」
旦那  :「いや、てきと~に言ってるだけだから信じないで。」
てるてる:「でもさ、幸隆とか内藤昌豊とか諸国を流浪した経験のある人たちって刀を研ぐのもお裁縫も上手そうだよね。」
旦那  :「なんでお裁縫?」
てるてる:「流浪の身じゃあ繕ってくれる人と一緒にいられる機会も少ないでしょう。お金も持ってないだろうし。ならば自分でやるしかない!」
旦那  :「・・・。」
てるてる:「島左近とか、後藤又兵衛とかもお裁縫上手そうだね。他に浪人生活長かった人は~v」
旦那  :「・・・好きに妄想してください。」


身の回りのことを他人に委託できる人間なんて一握りしかいなかった時代だから、本当は皆さん自分のことは自分でできると思うのですけどね。
アホな話に付き合ってくれる旦那に感謝!

こ、米に虫が湧いたあぁぁぁぁぁ・・・

芋虫・毛虫・蛾が苦手な人は読まないことをお奨めします。









うちで食べているお米は私の実家の米です。
一回に付きに30Kg程の玄米を送ってもらい、夫婦で少しずつ食べています。

その玄米に・・・虫が湧きました。蛾と芋虫がたくさ~ん。
関西の夏は暑くて湿っぽいからしょうがないんですけどね。



私の実家は米農家です。昔は養蚕も兼業していました。
と、いうわけで私は「芋虫」や「蛾」の類に対して嫌悪感をもっていません。

今日も日陰に米を干して芋虫退治にせいをだしました。(ちなみに旦那は虫関係が苦手なのでノータッチ)


米粒の中にまぎれている芋虫を選り分けながら思い出したのは、「武田4名臣」の一人「内藤 昌豊」が『小荷方役をやるのは嫌だ』とだだをこねるエピソードでした。

はじめてこの話を知ったときは、「なんちゅうわがままなやつだ。」とおもったのですが・・・・・・内藤さん。今なら貴方の気持ちがわかる気がします。

小荷方役はやりたくない!(特に夏場!)


同僚やら仲間が戦場で華やか(?)な功績を挙げているというのに、自分は後方で米にたかる芋虫と格闘なんて・・・。
米に虫がたかるのは自分のせいではないのに、あちこちから文句をいわれるなんて・・・。

雑兵やほかの将達が食べる米ならばまだいい。御屋形様の食べる米に芋虫が入ってた日には、どんな悲劇が起きることやら・・・・。

報酬が少なく、責任の重い役ですよ。小荷方は・・・。


内藤昌豊に深く同情した一日でした。
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てるてる

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