旦 那 「長次郎の茶碗が見たい。」
てるてる「長次郎って誰?」
旦 那 「あんた『へうげもの』読んでるでしょう!」
てるてる「・・・・・・・・・利休の黒い茶碗!!」

と、いうやりとりがありまして、長次郎作の黒楽茶碗を見に京都市の楽美術館へ行ってきました。

千利休が至高とした黒とはどんな黒なのかとあれこれ想像を膨らませながら歩き、ついに御対面!

そこにあったのは煤けたまるで炭のような色をしたぼってりとした茶碗でした。

炭といっても備長炭ではありません。田舎のじいちゃんがそこらの雑木をちょっと焼きすぎちゃって、強く握ったらぼろぼろとくずれてしまう、そんな感じの炭の色です。
この茶碗がちょんと畳の上に置いてあっても気付かずに素通りしてしまいそうな素朴さです。

これが唐・高麗物に匹敵する至高の器です!と言われたら
「ええ〜〜〜〜〜〜??????」
と全力で疑問をぶつけることでしょう。

でも「虚飾も見栄も無くただここに在る」という主張を表現するのには、これ以上の器は無いのでしょうね。
ただ存在する。そんな茶碗だったと思います。

すみません。茶道を習った事のないど素人には長次郎の素晴らしさが分かりませんでした。
個人的には江戸時代に入ってからの楽家の黒楽茶碗の方が光沢があって好きです。
ヌバタマの黒は本当に美しいと思うのです。

2009.05.05 愛宕山登山
火災除けの御札をもらいに京都の愛宕山を登ってきました。

山頂の愛宕神社めざしてレッツ登山!片道およそ2時間の道のりです。
今回は裏参道から登ったのですが・・・・・・・・・・途中で道を間違えまして山の中で迷いました。
道が無くなったのに気づいてすぐに登山道の分岐点まで戻ったので遭難しなくてすみました。

いやあ、焦った焦った。

無事に山頂の愛宕神社で御札を買うことができました。
帰りはきちんと整備された月輪寺を通る登山道で下ったので迷うことなく下山できました。

余談ですが、愛宕神社では本能寺の変の直前に明智光秀が参加した連歌会が開かれたそうです。
月輪寺には明智光秀がひいたと伝わるおみくじがありました。

私なんぞは(わざわざ連歌を詠むために2時間も山を登るのは嫌だなあ)と思うのですが、昔の人は苦にならなかったのかしら。
2009.05.04 月山富田城
戦国大名 尼子家の居城 「月山富田城」です。
月山富田城看板

大河ドラマ毛利元就で緒方拳さんが演じた尼子経久があんまりにかっこよくてかっこよくて、いつか必ず行くぞ!と思っていた城なので山の麓に着いたときは感動しました。

想像していたよりもずっと広い城でした。特に山の麓の山中御殿や郭が広い広い(写真は山中御殿)。
山中御殿
復元された石垣の美しさに興奮しつつ山登り。
七曲
登山道は綺麗に整備されていてとても登りやすかったです。かなり楽でした。

二の丸
二の丸には東屋も用意されています。ここから海が見えます。

本丸跡
本丸跡。
この奥に山中鹿之助の像がありました。愛されてるな〜〜〜〜〜〜。
さらに奥には神社もあって、お参りしてきました。

本丸の北東に鉢屋ヶ成という場所(尼子家に仕えた忍び 鉢屋衆に関係した場所らしい)があるらしいのですがそちらへ抜ける山道も無く、わかりませんでした。残念。

城に登った後で麓の歴史史料館に寄ったのですが、展示物が少なくて期待外れでした。
尼子家の史料本くらい置いて欲しかったな〜。

2009.05.03 羽衣石城
出雲の方へ旅行へ行ってきました。

羽衣石城へ行ってきました。
羽衣石城 縄張り
羽衣石城 縄張り

駐車場から本丸までは歩いて約20分。
気軽に登れる山城です。

羽衣石城 登山道
遠回りするコースを選べばこのような感じの道が続きます。近道するコースは傾斜がきついので登るのはお勧めではありません。

羽衣石城 武者走り
やたらに広い武者走り

城跡はとても綺麗に整備されていました。
本丸から三の丸まで、下草が刈られていたので楽に歩くことができました。
山城にしては広い城だと思いました。

羽衣石城 模擬天守
本丸跡の模擬天守。 羽衣石城は1300年代に建てられた城なのでこのような天守は存在してません。しかし、この模擬天守があるために遠くからでも城の場所がわかります。


羽衣石城 天女の岩
天女が羽衣をかけたと言う伝説のある岩。おそらくこの岩が羽衣石なのではないのかな???

ざっと一時間ほどかけて見て回りました。ちょうどお腹もすいたので下山。
本日のメインイベントである月山富田城へと向かうことにしました。   

 続く
4月のはじめに和泉さんと瀬戸内のしまなみ海道へ村上水軍をめぐる旅へいってきました。
そのときの写真です。

大山祇神社(おおやまつみじんじゃ)
大山祇神社
大三島にある日本最古の神社なのだそうです。
参道が海へ続いている珍しい形でした。(船にのってお参りするという設計なのだそうです)
当日は雨が降っていましたが、それが却って神社の神秘的な雰囲気を醸し出していました。

こちらの宝物館は刀や鎧が豊富で見ていて飽きません。特にすごいのは日本で唯一の女性用鎧です。
きちんと胸のふくらみや腰の細さがデザインされているんですよ!!これを着て戦ったとされる鶴姫ははたしてどんな女性だったのか。
想像は尽きません。

能島城跡
能島城
小さな小さな島城です。ここが村上水軍の本拠地だったそうです。
この島の周囲は海流が早く容易には近づけないのだそうです。天然の要害なのですね。
現在は年に数回しか渡れない無人島となっています。

今回はフェリーにのって渡海しました。エンジン搭載のフェリーなら海流に邪魔されないのですね〜〜〜。
能島城 本丸
能島城本丸を下から見た図です。本丸は桜がたくさん植わっていてとても美しかったのですが、花見客も多かったので写真は無です(苦笑)

船着き場
村上水軍が城への荷物を積み下ろししていた浜です。
この場所は地形のおかげで波がおだやかで船が停められたのだそうです。
この場所からは発掘調査のときに陶器やら足場やらとてもたくさんの発見があったそうです。
でも、こんな低い場所から本丸まで荷物運ぶのは大変そう。
昔の人は力持ちですね(笑)


村上水軍博物館

こちらは村上水軍博物館です。
水軍の使っていた武器やら道具やらが展示されています。
水軍は文書を余り残していないので、このような道具や実際の地形・潮との付き合い方から当時の様子を想像するしかないそうです。
海を自由に行き来する人たちの考え方というのは、地上で歩いて生きている私たちとは全然違っていて、和泉さんの説明を受けながら感心することばかりでした。
船という道具を自由に駆使して生きるというのは、私にとっては不思議でいっぱいです。

彼ら水軍が歴史に残した影響というのは決して小さくないはずなのに、史料が少ない故にあまり語られない、まだまだ研究されていないという、大変にもったいない状態なのだそうです。

秀吉が、家康が、水軍を封じなかったらもっといろいろ残っただろうになあ。
ああもったいない。
2009.02.12 高台寺
11日に和泉さんと京都へ高台寺の特別拝観を見にいってきました。

京都市に着いて、最初にいったのは妙心寺。
信行兄上の供養のために建てられた大法院を外から覗いてきました。
ここは春と秋のみお庭を公開してくれるようです。中に入れなくて残念。

次に竜安寺へ行って、「真田幸村のお墓がある」と言われている池の中の島の写真を撮ってきました。
竜安寺 幸村の墓

真ん中にある石碑のようなのがそれらしいのですが、写真がつぶれて良くわかりませんね。
すみません。

最後に高台寺へ行き、ねね様の着物や秀吉愛用の陣羽織や木下家の鎧などを見てきました。
写真は高台寺の庭です。
高台寺 庭

帰りに三年坂で「景勝公のイメージぴったりの兎のイラストがある甘味屋さん」に寄ってお汁粉を食べてきました。
おいしかったです。
景勝公っぽい兎はこちら(笑)
景勝兎
お汁粉

お汁粉はお漬物との組み合わせが絶妙においしかったですv

和泉さん、楽しいお話をありがとうございました!
岸和田の地名の由来は
「『岸』に住んでる『和田』さん」なんだそうです(笑)

岸和田城


手前の庭は「孔明が考案した道に迷う仕掛け」なんだそうですよ。
この仕掛けに嵌ったのか、確かに駅から城まで迷いました(笑)

途中にあった竹利というお店でお菓子を買いたかったのですが、お店に人がいなくて買えませんでした。
残念。
今回のGWは和泉さんと大蛇丸さんと
「上州・真田関係の城廻の旅」
をしてきました。

途中雨に降られるという災難にも見舞われましたが、
岩櫃城・嶽山城・羽尾城には登りました。

仙蔵の城と長野原城は見るだけ。
鎌原城は「だいたいこの辺です!」
というあたりを車で走ってきました。

万座ハイウェイから眺めた四阿山はとても美しかったです。

その他にも、忍者の墓や、出浦氏の墓や、水牢跡や、潜竜院跡や、暮坂峠や、草津温泉や川原湯温泉や四万温泉なども廻ってきました。

最後に歴史民族史料館や図書館でいろんな史料を見ながら萌えてきました。

知ってる人と行くと本当に楽しいですねvvvvvvvv

和泉さん、大蛇丸さん、ぜひまた上州を攻めにきてくださいませv
2008.03.12 少年の女
少年=(1)年の若い男子。普通、七、八歳から、一五、六歳ぐらいまで。少年法では二〇歳未満、児童福祉法では、小学校就学から満一八歳までの男子と女子。
(2)年が若いこと。幼いこと。
(goo辞書より引用)

加沢記では「少年の女」とは男装した女性ではなく、年若い女という意味で使われています。

初めてこの単語を目にした時は、白拍子や歌舞伎に登場する男装の美人を想像していました。
岩櫃城の女中さん達に男装が流行っていたら・・・それはそれでありかもしれないと思ってました。

普通の女性という事が判明して、ほっとしたようなちょっと残念なような・・・。
2008.02.07 甘い言葉
調略の台詞を訳す時というのは、その場の真剣さといやらしさと心細さと安堵といろんな感情がどっとやって来て思わずニヤリとしてしまいます。

貴方の窮状を知っているのですよ。
辛いでしょ。悔しいでしょ。
貴方にはもっと力があるのに、誰も認めてくれないのです。その場所では。
こちらへいらっしゃい。貴方の望むモノをあげましょう。
言葉ですか、土地ですか、金ですか、信用ですか・・・

甘い言葉を受ける相手もぐるぐると考えるわけです。
自分の欲しいもの・・・本来ならば自分が手に入れてしかるべきモノ・・・
冷静になれば身に余るモノだとわかるであろうに、酒と欲望に酔って誇大妄想にひたってしまう。
酔うという快楽に身を浸してしまう。

戦という極度の緊張でガチガチになった心を甘く甘くとろかせていくその快楽。
相手が思い通りに落ちてくるのを見届ける快楽。

調略というのはかける側にも、かけられる側にも毒ですなあ。